大建樹山 蔭涼寺(岡山市中央町10-28)

本尊 聖観音

縁起
 聖観音を本尊とする臨済宗妙心寺派の寺で、寺記に、
 「本寺は松平宰相池田忠雄、竜峰寺開祖江山和尚に帰依し現境内を隠居に下尽、寛永九年堂宇を立て号して大建樹山蔭涼寺と云う、同年四月三日忠雄逝去に付嫡子光仲因州へ国替する事となり、江山和尚も亦随願して彼地に移る、当時徒弟潜竜に当寺を付与して開山初祖となさしむ、爾後連続今に至る矣。」
上記にあるように鳥取池田家に関係のあった寺で、しかも寛永九年の国替えの際の記念の寺というべき性格があたえられている。入母屋造本瓦葺の本堂のほか庫裡、観音堂、山門があり、山門(薬医門)は乗馬のまま通れる高さに作られていた。また境内には忠僕七助の建てた三重の石塔(水墓)があることでも有名な寺院であった。
 昭和二十年の戦災でこの寺も全焼、ただ本尊と水墓だけが残った。戦後児島の郡に廃寺同様になっていた同宗の向上寺の本堂を譲り受けて移築、国清寺から御成門とした。
 向上寺は備中高松城主清水宗治が切腹してのち、家臣の一人が郡に移り住み、君主供養のために建てた寺と伝えられるが、檀家が十数戸に減じ維持に困っていたもの、本堂を譲ったあとは同地の万年寺が管理している。