奥聖寺(岡山市平井1-12-12)

本尊  

縁起 このお寺は日蓮宗不受不施寿派のお寺で平井の南面した山腹にあり、旭川から児島の山々に及ぶ南面の眺望はすばらしく、境内にはこの地で遷化(逝去)された日正上人の石碑などがあり、常に信徒により清浄に保たれ、静かなたたずまいを見せている。
 不受不施派法難で池田藩政下の弾圧時代に日雅聖人により、現在のお寺の少し北の竹薮の中へ松寿庵という一庵が開基された。付近に井戸水も湧き、奥まった山の中で内信の場としては格好の庵で、以後不受不施派の拠点として守り続けられてきた。
 明治九年(1876)四月二十日、日聖上人ほか多くの信徒の奔走により、不受不施派再興が許可されてからは、松寿庵は今の奥聖寺に隣接した地へそのまま移転され、上道郡平井村第八教会所となる。津島妙善寺の御法中が住持となられ、中島・門田・平井・上道郡を担当して布教に当たられていた。続いて昭和四年(1929)六月六日教会所が狭いので、地元信者一同の奉仕により現在地に建立した。更に昭和二十二年(1947)六月二十八日本山から奥聖寺の寺号を賜り現在に至っている。