龍王山 善徳寺(真庭市上水田2843)

本尊 地蔵菩薩

開基 大同三年龍猛和尚

開山 権大僧都法印宥賢

北房町最古、柴倉流の本堂残す

 中国自動車道の北房インターから国道313号線を高梁市方面に向かって走る(或いは国道180号から国道313号に入り落合方面へ)と、北側の山手に真新しい伽藍の龍王山善徳寺がある。新しい建物は持仏堂で、その東側にある赤いトタン屋根の建物が町指定文化財の本堂である。この本堂は備中松山城の大工役を務めた柴倉流の棟梁による建造物で、北房町では柴倉流最古の建造物として町の文化財に指定されている。
 同寺は今からおよそ千百八十年前の大同三年(808)、僧猛和尚が発基したと伝えられている。龍猛和尚は諸国遍歴の際、この地に立ち寄り同寺の山号でもある龍王山(現在地)に登り、高峻にして霊験なるを感じて一宇を建立し、菩提を尊奉し教化普及に努め、この地を去ったとされている。
 その後、寺運は一時衰退するが、正保二年(1645)に宥賢法印が現在の本堂を再興して寺門の復興に努め、この宥賢法印を中興開山として現在の池永住職まで二十四代に亘って連綿としてその法燈が伝えられている。
 ところで、この本堂であるが、棟札には「正保二年酉年二月 建築者宥賢和尚 大工中津井村住柴倉大平治信勝建立」と記されている。この柴倉信勝は、備中松山城の大工役を務めた柴倉流の棟梁の一人。柴倉家は代々、城主に仕える棟梁として備中地方の数多くの社寺建造物を手掛けている。
 この北房町最古の柴倉流の建造物である善徳寺本堂は、室町様式の流れを汲む建物。正面は連子窓で、正面向拝付きの寄棟造りで茅葺きであったが、現在は茅葺きの上にカラーのトタンを覆っており、弘法大師作と伝えられる本尊・地蔵菩薩と脇仏に大日如来と如意輪観音を安置し、信仰と共に貴重な文化遺産を現代に受け伝えている。
 このほか、同寺の境内には持仏堂(平成六年三月三十日に落慶法要を厳修)、稲荷宮、鐘楼、庫裡、客殿などが並び、のどかな田園風景が広がる上水田地域の人々を見守るかのように甍を垂れている。

正月 修正会
二月 初午縁日
七月二十三日 本尊供
八月 盂蘭盆会
十二月 除夜会

『高野山真言宗備中寺院めぐり』より