妄想戦車館


日本の戦車の自走砲化への考察
 日本の戦車を自走砲にするに当たって車体強度等様々な制限があるとされています。
 そこで、日本の戦車を自走砲化の限界を愚考してみます。
 なお、ここでは数がある97式中戦車及び95式軽戦車を対象とします。
 
1 搭載できる砲の限界
(1) 後座衝力
 日本の戦車のリベットは欧州の戦車に比べ低規格の物(戦車としては必要十分な強度はある)が使用されているため、車体強度上、野砲級以上の搭載はできないといわれています。
 では、実際にどのくらいの大きさの砲が積めるのでしょうか。
 大砲がある車台に搭載できるかどうかを判断するために見る要素は、衝力(後座衝力)です。
 衝力とは、大砲を発射する際の反動です。
 実際に自走砲として97式中戦車及び95式軽戦車の車台に搭載された砲で衝力が最大のものは、
97式中戦車:38式15糎重榴弾砲
95式軽戦車:38式12糎榴弾砲
 です。
 つまり、これらの砲の衝力を下回る砲であれば、車台は耐えられることになります。
 表1を見てください。
 

表1

ホウ 弾丸 ダンガン 重量 ジュウリョウ 初速 ショソク 後座 コウザ チョウ ホウ 重量 ジュウリョウ 後座 コウザ 衝力 ショウリョク 砲口 ホウコウ エネルギー
90 シキ ホウ 7 680 1 1,400 5,582 3,236,800
38 シキ 15 センチ 榴弾砲 リュウダンホウ 37 275 0.59 2,090 28,958 2,798,125
91 シキ 10 センチ 榴弾砲 リュウダンホウ 17.2 454 1 1,500 14,021 3,545,195
14 ネン シキ 10 ノウ ホウ 17.2 640 1.5 3,115 8,945 7,045,120
38 シキ 10 ノウ ホウ 18 540 1.6 2,594 7,851 5,248,800
ホリ ホウ 16 900 0.54 5,700 23,235 12,960,000
99 シキ 8 センチ 高射砲 コウシャホウ 12 800 0.98 6,500 4,990 7,680,000
38 シキ 12 センチ 榴弾 リュウダン ホウ 18 276 0.6 1,257 11,287 1,371,168
38 シキ ホウ 7 520 1.2 947 4,021 1,892,800
92 シキ 10 センチ ノウ ホウ 17.2 765 1 3,730 16,009 10,065,870
96 シキ 15 榴弾 リュウダン ホウ 36 540 1 4,140 31,483 10,489,000
5 シキ 7 センチ 戦車砲 センシャホウ 7 850 1 2,221 5,498 5,057,500
M4 ヨウ 75mm 戦車砲 センシャホウ M3 7 795 0.301 2,221 15,977 4,424,175
88mmFLak18 10.2 773 0.58 6,861 10,776 6,094,796
88mmFLak43 10.16 1000 0.58 2,265 27,101 10,160,000

 実は、日本の野戦重砲で一番衝力の大きい96式15糎榴弾砲と大差ないくらい38式15糎重榴弾砲の衝力は大きいのです。
 つまり、97式中戦車については、どの砲の衝力にも耐えることができるわけです。
 この理由は、後座長にあります。
 38式重砲シリーズは、初期の後座式砲のためか、後座長が後の砲に比べ非常に短いのです。
 衝力過剰のため、仰起(砲が発射の衝力で跳ね上がる)が起きていました。
 後の砲は後座長を大幅に長くすることで、この問題を解決しているのです。
 結果として、38式より新しい砲では、衝力が少なくなっているのです。
 ただ、97式中戦車の車台が何発まで耐えられるかは、異なってくるでしょう。

(2) 重量
 では、搭載可能な重量は、どのくらいなのでしょうか?
 対象車台の派生型のうち最も車重の重い物の重量を、改造後の車重の上限と考えればよいでしょう。
 97式中戦車車台では3式中戦車の18t、95式軽戦車車台では4式軽戦車の8.4tが上限と考えられます。
 一方、改造時に戦車より撤去される重量(砲塔及び車体上部)は、一般的に戦車の約3分の1です。
 97式中戦車で、約4t、95式軽戦車で2.2tと仮定されます。
 つまり97式中戦車なら8t、95式軽戦車なら3.9tが搭載重量の上限と考えられます。
 一方自走砲化の際に増加する重量は、ほぼ対象となる砲の重量とほぼ同じと考えられます。
 これは、各国の自走砲の改造例を比較した結果、砲の下部と車内の補強材等及び最低限の装甲がほぼ同じ重量と考えられるからです。
 結論から言えば、97式中戦車なら96式15糎榴弾砲や92式10糎加農砲の搭載は可能であったと考えられます。

(3) スペースと重量バランス
 しかし、実際は96式15糎榴弾砲の搭載計画はあったものの実現はしていません。
 これは、後座スペースが戦闘室内に確保できないためです。
 また、重量が車両前方に掛かり過ぎることにより、懸架装置の損傷も起こります。
 よって、スペースと重量バランスを取る事により自走砲化の道が開けることになります。
 これを解決する方法が、砲を後向きに搭載すると言う方法です。
 勿論、砲を前方に向けた方が方が使い易いのですが、早急な自走砲の整備のためには設計変更や改造作業は最小限に抑えるために止むを得ないものがあります。
 砲を後ろ向きに搭載した自走砲では、アーチャー対戦車自走砲(参考:戦車研究室)が有名ですが、実は第1次大戦中に既にルノーFT軽戦車ベースの自走砲が砲を後向きの搭載して数種類作製されています。
 つまり、思い付くまでもなく、前例があったことから、それほど突飛な案ではないことが理解できると思います。
 あとは、実践あるのみというわけです。


2 戦術的妥当性
(1) 必要性
 日本軍は大砲の運用に大変苦労しています。
 これは砲の牽引に馬匹に頼っていたためです。
 一般師団の機械化が連合国に比べ遅れており、改造38式野砲の機動にさえ難渋する状況であり、一方で戦車の備砲は時代に取残され無力化していました。
 このため、山野砲が臨時の対戦車砲として運用される一方、戦車は敵前に出れば損失は免れない状況となりました。
 しかも、山野砲は刺し違えとなり、ただでさえ少ない大砲が失われていくことになります。
 自走砲化すれば、秘匿するすることが難しくなりますが、一方戦闘中に陣地変換することが可能となり、何より集中投入即移動により多数の敵と順次交戦することにより戦線を維持することができるようになります。
 防衛戦となれば、陣地構築によって秘匿することも可能ですし、陣地内道路を整備することにより集中投入も可能となります。
 自走砲は野砲に比べ効率が6倍になるといわれており、門数の不足をある程度補うことができます。
 このことから必要性は充分にあったと考えられます。
 対戦車戦闘においては、特に顕著に発生します。


(2) 新造か改造か
 新造か改造かについては時期によって異なるでしょう。
 戦車の生産が順調に行われていた時期つまり対米戦前においては、新造車台を当てる方が適切だったでしょう。
 一方、戦車の生産を縮小して航空機及び艦船の生産に傾斜しなければならない対米開戦後は、本土にある全ての戦車を自走砲に改造するとともに、前線にある戦車に野砲を組合せる改造キットを作って戦地での改造も行う必要があります。