朝日ネットの友人、三月うさぎ（兄）@march_hare_broさん（以下、「三月うさぎさん」と書きます）が

twitterに以下の文を幾度かに分けて掲載なさいました（承諾を得て少し編集しました）。彼は電算関連の技術

者であり、図書館業界とは何の関係もありません。図書館利用者である彼が日本の公共図書館活動の歴史に興

味を抱いて、集中的に関連資料を読んだ上で、第三者の位置から冷静に眺めた感想です。のちほど私が思った

ことを書きます。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

　図書館について書く。ぼくが読んだのは以下ですのでもちろん図書館よりに偏っているのは認識しており

ます。

「われらの図書館」前川恒雄

「貸出し」前川恒雄

「著作集１」前川恒雄

「移動図書館ひまわり号」前川恒雄

「中小都市における公共図書館の運営（1963）」日本図書館協会

「市民の図書館 増補版」日本図書館協会

「『中小都市における公共図書館の運営』の成立とその時代」 オーラルヒストリー研究会編 日本図書館協会

「アーカイブとは何か: 石板からデジタル文書まで、イタリアの文書管理 」マリア・バルバラ・ベルティーニ

「構造的転換期にある図書館—その法制度と政策」日本図書館研究会と、

現役司書戸田豊志(@inufuguri)さんの論考「日本における公立図書館のこれまでとこれから」

（http://www.asahi-net.or.jp/~wh9t-td/chuubu.pdf）など。

　日本の近代図書館は大体、1950年の図書館法制定から1980年後半までの「市民の図書館」時代と、1990年

代の規制緩和・民営化から第一次安倍内閣の教育基本法改正に引き続く図書館法改正、指定管理者制度に代表され

る図書館機能のアウトソーシングの時代の、二つに分かれるようです。戦後の「本を読むとバカになる」と言われ

た頃から、80年代の「無料貸本屋」と出版業界から揶揄されるまで「成功」した苦闘は、前川恒雄さんの著作を

読むとよく分かります。その頃の図書館の理念は「中小リポート」「市民の図書館」が必読。この時代はまず何よ

りも本が身近に読める環境を作ることが難しかった。図書館は学生が受験勉強するところ、本は館内で読む(閲覧)

するもの、子供はうるさいので入れない、それが常識だった。それに対し「市民の図書館」は図書館の機能を「貸

出」「リファレンス」「児童サービス」の三つを柱にすえ、市民の求める本を「なんでも、いつでも、どこでも、だ

れにでも」貸し出すことを最大の目標とした。戦後の高度成長にのって出版点数は増え、書籍代にお金をかけるだ

けの余裕のないひとにも、特に子供と母親を中心に爆発的といってもいいほどの貸出数の伸びを記録した。ここか

らは私の感想。

この時、公立図書館が持っていた作戦は、

１.館長ふくめ図書館職員は専門家（司書）集団となっていくだろう。

２.読書人口が増えれば国民に公共精神が根付き、自ずと社会教育施設として機能するだろう。

３.市民の側から自然発生的にあらゆる市町村で高度な図書館を求める声が高まるだろう。

　といったものではなかっただろうか。でも、実際は、

１.多くの館長は単なるお役人（それも左遷的な）

２.読書人口が増えても娯楽やハウトゥ的なのが貸出の大半、ベストセラーを大量にリクエストされ複本で購入する

　ような歪な蔵書構成に偏り、

３.高度なレファレンスを必要とするような市民はほとんど育たなかった。

　これが80年代後半の現実だったのだと思います。こういった状況であれば図書館が専門的知識の不要な「無料

貸本屋」と思われても全くしかたなかったのかもしれません。そうしたのは「市民」、もしくは「市民」を信頼し

た図書館というわけです。最大の発展と同時に大きな誤算によって、図書館は「専門性」というとても重要で分か

りづらいものを危険に晒してしまった。さあ、90年代、はたして！

　90年代、バブルの崩壊とともに規制緩和という名の予算縮小。最も専門性を要求されるはずの司書職がどんど

ん非正規化されて生活できないような低賃金と短期契約の不安定にさらされてアマチュア化していった。でも、

そんな専門性を必要とするような市民はほとんどいないので、どこからも目立った批判はない。それどころか、

出版不況と言われ、本が売れない時代にも図書館は貸出数を増やしていく。そんな順調な図書館が唯一非難され

るのは、出版界からの、図書館が出版不況の原因であり新刊を貸し出すのは一定期間待てという程度。そうなの

か？　出版界は、図書館にもっといろんな本を市民に貸し出して幅広の読書人口を形成できるような策をうて、

というべきじゃないのか？　もっともそれができるような専門性と経営感覚を備えたひとはとっとと別の業種に

流れてしまっているのだろうけど。

　立ち戻って、図書館のアマチュア化が指定管理者制度による民間の活力で取りもどせるかと言えば極めて疑わ

しい。私も民間の会社勤めですので、儲かる図書館を考えるのはとても簡単。コストを抑え、顧客（≒市民）の

求めるものを大量に提供し、在庫を最小限にし、人材を非正規化プール化し、標準化という名のマニュアルサー

ビス化、話題作りの宣伝広報、多角化によるリピーターの獲得、そしてそれらを支える大量の個人機密情報の蓄

積と分析。これらは別に民間企業の営利活動として真っ当なもので何ら避難される筋合いではない。図書館に当

てはめればどうなるか。野暮ですが、愚直に書くと、顧客ニーズのみにそった図書を購入し、さらにデジタル資

料（DVDとかね）に大きくシフトし、開架は売れ筋のみを目立つように並べ、閉架は最小限にし在庫管理コスト

のかかるコレクションは処分し、アルバイトやパートで地域ごとにシフトを組み、レファレンス・マニュアル、

窓口マニュアルを覚え込ませて新人でもベテラン並みの仕事が（笑）できるように整備し、人気の棋士や作家を

招きＪリーグチーム間交流で話題作り、コーヒー片手に本を読めるおしゃれな空間、そしてそれらを支える貸出

し履歴の個人情報。…でも、こういう図書館だけになったとしても、99%の「市民」は痛痒を感じないでしょう。

　これからは、1%の市民と「未来の誰か」のためにどんな図書館を残せるか、そこに的を絞っていくしかないよ

うな気もします。それが、アーカイブとレファレンスセンターとデジタル貸出という方向なのか、何か他にある

のか、私には分からない。でも、専門性と稀少な資料は一度失われれば二度と取り戻せないことだけは分かりま

す。と、さっきたまたま通りかかった景山民夫が言っていました。

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

戸田豊志による蛇足解説と思ったこと

　おしまいの「景山民夫が言っていました」は、故景山民夫が友人である高平哲郎を批判した文を書いたときに

使ったかなり有名なフレーズ「高田文夫が言っていました」のパロディ。三月うさぎさんは、多くの筒井康隆フ

ァンと同様、まっすぐに何かを言ったりしたりすることに向いていないので、どこかで真面目な自分を否定しな

いと落ち着かないため、このフレーズを足しておられるのだと思われます。

　さて、思ったことです。問題は「市民」なのだなあということ。70年代の公共図書館運動がどこを向いていた

のか、そっちで良かったのか、といったあたりを三月うさぎさんが見事に指摘しています。また、民間活力を図

書館に取り入れる、という現在いくつかの公共図書館が進んで行っている方向が行き着く先について適確に捉え

ておられます。というか、すでに一部ではそうなっていたりするわけですが。99％、1％は少し極論かもしれま

せんが、図書館サービスという名で進めてゆく仕事の対象の多くを99％の側に向けていっている現在、1％に向

けての仕事を切っていっちゃっても良いのか、危ないのではないか、との問題提起がなされています。ここが、

私はとても重要だと感じています。

　これまで図書館に来ていない人達に来てもらうためにどうすべきか、とか、図書館でしてこなかったことをし

なくてはならないのではないか、といった話ばかりが最近の公共図書館界ではやたらと出てきています。そうし

ないと指定管理にされちゃうから、と正面から戦っちゃう感じ。しかし、今までずっとしてきた、専門性の必要

な、そして自治体にとって国にとって大切な仕事をさらに充実させるといった視点が欠け落ちていくのは危険で

す。「ずっとしてきた」と書いたけれど、できていなかった図書館もいっぱいあり、それはどんな仕事なのと知ら

ずにいる国民も大勢いたりするのではないのか、という気がしています。それは、郷土資料の収集整理、読書指導

（この言葉好きじゃないけれど）、インターネットで探しきれない調べ物の手助けなど。そうしたことができる司

書が存在していること、いないと色々まずい状態になるかもしれないってあたりを宣伝してゆく作戦もとってゆか

なくちゃな、と、改めて思ったのです。どうしてゆくのか、本当に必要なのかといったあたりについて考えると、

リンダ困っちゃう、ではあるのですが。