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池島訪問記録

2006年1月9日(月曜日・祝日)
 長崎県の池島に行ってきた。簡単に要点だけメモしておく。
 池島を訪れた日は成人の日で祝日だったため、行政センターには誰もおらず、人口などを調べることができなかった。下記の記述は、自分で見たことと、コミュニティバスの運転手さん、郵便配達をしている方に聞いた話で構成している。一部Webなどで閲覧した内容を引用した。

炭鉱の今

 池島は、2001年(平成13年)11月に42年間にわたる炭鉱の歴史に幕を下ろし、現在はベトナム、インドネシアの鉱山技師養成を細々と行っている。

炭鉱は個人では見学できない

 池島は今回の市町村合併に伴い長崎市になっている。長崎駅にある観光案内所で、池島に関する資料をもらった。「池島炭鉱跡」という資料があり、そこには「現在は、実際に立坑跡や斜抗模擬切り羽などを見学することができる体験型の観光地となっている」と書かれている。
 ところが、鉱業所の事務所を訪れて、庶務の方に話を聞いたところ、そのような施設はないとのことだ。ごくまれに修学旅行で訪れる学校があるので、そのときは炭鉱の中を案内している。資料館や展示室の類もない。
 資料を作ったのは、(社)長崎国際観光コンベンション協会である。後で資料と実際が違うので鉱業所に確認してみたらと指摘したところ、鉱業所を運営する三井松島リソーシスに確認したとのこと。その結果、何の施設もないことを確認したが、表現が不適切なだけであって、間違いではないと強弁してきた。しょうもない。役所の関係団体だからなあ。それにしても「観光地」とはよく言ったものだ。廃墟マニアは喜ぶだろう。


人気のない街。

動作しない淡水化装置。

捨てられた鉱業設備。

海に突っ込む線路。
 昭和42年、鉱業所火力発電所の廃熱を利用した日本初の海水淡水化施設が完成、1日約2,650tを造水して工業用水から生活用水まですべてをまかなっていたが、閉山後は本土から海底送水管を敷設して供給している。電気は本土からの海底ケーブルで送電している。(シマダスより引用)

人々

想像以上に人がいない

 寂れているだろうなと想像はしていたが、ここまで人に会わないとは予想していなかった。島内を散歩していて、道路で会ったり見たりしたのは、全部で5人である。全員高齢者。
 その他には、食料品スーパーの店員さんが3名、バスの運転手さん、港の待合室にいた人などを合わせて約10人。廃墟と化した鉱山施設群とアパート群の間に、稀に人がいるという感じだ。
 島の人口はベトナム人とインドネシア人を含めて587名。
 島に一軒の食品スーパーに行くと、思いのほか広い売り場面積と、品揃えに驚いた。これからすると確かに500人超規模の消費者がいることが推測できる。
 しかし、島を歩いた実感では587名もいるとは思えなかった。人口約100名の宮城県田代島のほうがよっぽど活気がある。高齢者であっても、港で元気に働いている。池島の高齢者は家に閉じこもったままなのではないだろうか。池島のほうが人口密度は数倍も高いのに、島全体が死んでいるように感じた。
 小学生が14名、中学生が9名いるのだが、学校のグラウンドに行っても人影がなく、道路でも子供には会わなかった。バスの運転手さんの話では、島外に出稼ぎに出ている人も多く、実際は数字ほどは住んでいないのではないかとのことだ。
 最盛期には、住民登録だけで8千人、実際には2万人位いたとも言われている。


ゴーストタウン。

まれに見る人影。郵便物をポストに入れに来たようだ。

一戸建ても廃墟と化している。

池島スーパー。店の人が3名もいた。

 炭鉱開発時に島のほとんどが炭鉱用地(社有地)となり、今では池島郷地区だけに個人所有地が残っている。個人所有の家も廃墟と化しているところが多い。屋根にテレビアンテナが立っているところが、まだ人が住んでいるところではないだろうか。多くの家のテレビアンテナは倒れてばらばらになっている。

若い人

 島で若い人は公務員くらいしかいない。しかし、島に住んでいる公務員は少なく、土・日・祝日は若い人を見かけることがなくなる。鉱業所も若い人は少ない。
 帰りのフェリーの中で、40歳前後の女性が乗っていた(女性の年齢はよく判別できないが)。島では公務員を除けば、ぶっちぎりの若さである。見ただけでは、島の人なのか、島の人を訪ねてきた人なのか判別できなかったが、島内のカラオケスナック「マキ」のママさんだということが後ほど判明した。


変わることのない信号。止めてもらえないのがむしろ哀れ。

捨てられた高級車。

かわいそうなバスの運転手さん

 島内のコミュニティバスの運転手さんはめったに島外に出られない。バスの勤務が終わるのは、フェリーの運行終了後なので、島外には出られず社宅で寝るだけ。休みは2週間に1回(本当か?)。停留所の数は全部で7つ、13分で終点まで行く。乗客は年寄りがたまに乗るだけ。空で走ることも多い。私が乗ったときも、乗客は私だけ。空で短い距離を往復するのは、シシュポスの石を思わせる。まれに乗る人もいるから、サボれないし。特にかわいそうなのは終点の「神社下」バス停での待機。周りは廃墟。ここで次の出発時刻まで待つのである。


「神社下」バス停近くのアパート。このような建物が延々と続く。鳥の鳴き声も聞こえない。

人気のない「新店街通り」バス停。新店街の名称が痛々しい。

 バスといっても、定員10名程度の車だ。スライドドアが開くと、ステップが車外に少し出てから下がってくる。高齢者に配慮した改造をしていた。

学校

 小学校、中学校、保育園がある。小学校と中学校は、校舎とグラウンドを共用しているようだ。すばらしく立派な校舎だ。最盛期のにぎやかさが推測できる。しかし今は、校庭には誰もいない。バックネット裏にスタンドのある野球場。夜間照明まである。壊れたまま放置されている得点表示板が痛々しい。

産業

宿泊施設

 長崎市池島中央会館という長崎市営の宿泊施設がある。以前は食事も取れたが、長崎市と合併後は食事の提供がなくなった。建物の中をのぞいてみたが、静まりかえっていた。

 この他に旅館があるが、ほとんどあるいはまったく客がいないため、いきなり行っても泊めてくれない可能性がある。宿泊できても素泊まりを覚悟すること。「福屋旅館」は、なかなか良い宿らしい。素泊まりの場合、島で一軒のスーパーは5時で店じまいするので、早めに買い物を済まさなくてはならない。

飲食店

 港近くにみなと食堂がある。平日のみ営業。
 お酒を飲める店が3軒ある。昨年まで4軒あったが、経営していたおばあちゃんが亡くなったため1軒減った。

農業、漁業

 農業従事者はもともといない。家庭菜園をやっている人が少しいる。漁業に従事している人はいるはずだが、船が動くのを見ることは少なく、毎日漁に出ているような人はいない。
 炭鉱ができる前は半農半漁の生活だった。

巻き添え

 廃鉱の影響は大きい。瀬戸港の最寄バス停は、NTT大瀬戸バス停である。バス停の名前からするとNTT大瀬戸局があるはずなのだが、廃墟とまではいかないが、長く放置されて泥で汚れた黒い薄気味悪いビルがあるだけ。廃鉱の影響でNTTまでもが撤退を余儀なくされた。NTTの商売が成り立たないのだから、他の商売への影響は推して知るべしである。
 長崎方面行きのバスが来たので乗った。運転手さんは元炭鉱夫だった。

行き方

 池島行きのフェリーは神浦港から乗る(他に瀬戸、佐世保便がある)。神浦港までバスで行くには、一般には下記のように説明されている。

長崎駅前バス停から長崎バス「板の浦連絡・桜の里ターミナル」行きに乗り桜の里ターミナルバス停下車。同バス停からさいかい交通「板の浦行き」行きに乗り換え、外海行政センター前バス停で下車、神浦桟橋まで徒歩3分。

 これは正しいが、このとおりに行くと「板の浦連絡」のバスが少ないため、長崎駅前バス停で延々と待つことになる(私は馬鹿正直に待って損した)。
 桜の里ターミナル行きのバスはたくさんあるので、「板の浦連絡」に限らず乗ってしまってかまわない。桜の里ターミナルで、外海行政センター前を通るバスに乗ればよい。
 また、桜の里バスターミナル乗換えではなく、長崎駅前から外海行政センター前を通って、西海市方面に行くバスもあるらしい。逆方向の長崎方面行きの直通バスがあることは確認した。
 直通バスに乗ると、乗車時間が1時間40分を超えるのでトイレには行っておいたほうがよい。
 長崎バスとさいかい交通は親子の会社なので、長崎バスに問い合わせるとまとめて教えてくれるはず。長崎バスのWebにさいかい交通の情報も掲載されている。

通信

グレ電(ISDN公衆電話)

 島内の公衆電話ボックスはグレ電である。公衆電話ボックスは2箇所見つけ、2箇所ともグレ電だった。池島が華やかだったころの名残だろうか。八重山諸島では石垣島以外にはグレ電がないことを考えると、通信の整備が進んでいたことがわかる。
 郵便局前のグレ電にノートパソコンをつないでメールをチェックしてみた。最初はテレホンカードが入っていかなかったり、入ってもすぐに出てきたりとうまく動かなかったが、なんどかやっているうちに、テレホンカードが入っていった。データ通信は正しく動作していて、インターネットに接続できた。このグレ電にノートパソコンをつないだ人間は、廃鉱後には何人いただろうか。廃墟に囲まれ人影を見かけないなかでインターネットを使っているというのは、けっこう不気味で、雨も降ってきて、ちょっとブレードランナーっぽい雰囲気。
 池島の公衆電話事業は大赤字だろう。しかし、旅行者にとっては島でインターネットに接続できる唯一の貴重な設備である。撤去しないで欲しいものだ。


右が行政センター、左が郵便局。郵便ポストの左隣がグレ電。

廃墟の中でデータ通信できているのがむしろ不気味。

携帯電話

 NTT DoCoMoの携帯電話はサービスエリア外で使えない。auとボーダフォンは調べていないが、NTT DoCoMoが使えないのだから、auとボーダフォンも使えない可能性が高い(←auは使用できたとの連絡をいただいた・2006/9/6追記)。人口増はないし、観光客も見込めないのだから、今後の設備投資もないだろう。ウィルコムのPHSは使えない。
 長崎市の中に、今でも携帯電話が使えない地域が残っている。池島は対岸がすぐそこに見える距離だ。

最後に

 廃墟ばかりを強調して書いたが、何も老人が死ぬのを待っているだけの島ではなかろう。行くあてもなく消極的に島に残っている人もいるだろうけど、この島を生活の場とすることに、積極的な意義を見出している人も多いはずだ。池島に活気を取り戻すために、音楽祭を開催している人たちもいると聞いた。次はそういう人たちの話を聞いてみたい。希望を持って暮らしていると思う。