ブルックナー : 交響曲第7番ホ長調 CDレビュー U




U.  1975-1984年録音(10種)
         ♪カラヤン♪ベーム♪ヨッフム♪ハイティンク♪バレンボイム♪
         ♪マタチッチ♪ブロムシュテット♪スゥイトナー♪レーグナー♪シャイー♪


◆カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1975年4月 GRAMMOPHON ハース版)★★★★☆
 1989年のウィーン・フィルとの同曲の録音が同じGRAMMOPHONから出てしまったために、現在では入手が困難となっているCDです。GRAMMOPHONとブルックナー全集を開始することになって8番の次に録音されたのがこの7番で、1971年に同じベルリン・フィルとEMIに録音したわずか4年後であることが興味深いところです。両者の演奏スタイルはほとんど同じであることから察するに、カラヤンとしては7番に対する解釈に相当の自信があったのと、71年の録音の音質があまりに貧弱だったからだと思われます。71年はベルリン・イエスキリスト教会で録音しましたが、75年以降のブルックナー全集はフィルハーモニーホールというのも、音響へのこだわりがあったのかもしれません。

 第1楽章。チェロによる第1主題は速めに奏され、なめらかで拡がりのある響きに特徴があります。フレーズの終わりでもリテヌートをかけずに音楽は先へ先へと流れていきます。曲の開始として申し分の無いスケールと魅力に溢れいます。いわゆる「流線形」といわれるスタイリッシュなカラヤン独特の音楽とも言えます。続くヴァイオリンも音のつながりを重視した角のない旋律線を描いています。第2主題では木管が豊かな響きで歌い、いささかの緩みもなく弦楽器に受け渡されます。フルートのブリッジにもリテヌートはかからずサラッとしています。弦楽器はやや肥大化しすぎで低音がぼやけて聴こえますが、時にチェロの対旋律が美しく歌われます。ここの終結部では明るい音であまり切迫感はありません。第3主題もこれまでと変わらぬテンポで押し通され、3つの主題をことさらに変化をつけて演奏はしていません。ヴァイオリンの音には艶があり、音量をあまり落さずにしっかり弾かれています。展開部に入っても音楽の変化はなく、木管はすべて丸みのある音でテヌート気味に吹かれ、ノーブレスで吹くフルートなど名人芸が堪能できます。チェロは相変わらず落ちついたスタイルで朗々と旋律を歌い上げます。金管の重みと厚みのあるサポートは見事で、クライマックスにおけるホルンのクレッシェンドはフルトヴェングラーの解釈に類似するような気がします。しかし全体的にはおとなしく、ここは髪を振り乱して、といった激しい感情の昂ぶりがあってもいいところです。全奏によるフォルティッシモは超重量級の迫力があり、ベルリンフィルはここぞとばかりパワーを見せつけます。カラヤンがこの曲で一番聴かせたかったのはここではないかと勘ぐりたくなる程です。続くヴァイオリンの旋律には切迫感はなく、全体の広がりすぎた分厚い音にはばまれて霞みがちです。このことは再現部のクライマックスでも同じで、圧倒的な金管と中低弦による音の洪水に押し流されてヴァイオリンのオブリガートが聞こえないために、高揚感や陶酔感に欠けるように思えます。しかし、コーダの前で盛り上がった後のデミュニエンドは素晴らしく、限りなく静寂な世界を作り上げています。コーダは壮大極まるものですが、決して一線を越えないどこかクールな面を維持しつつ曲を終えます。楽章を通じてテンポの変化が少ないのが特徴です。

 第2楽章は遅めのテンポでテヌート気味に弾かれます。ベルリン・フィルのバランスのとれた分厚い響きに加えて、一部の隙もないアンサンブルでブルックナーの音符をひとつひとつ紡いでいくといった趣があります。4分の3拍子の第2主題でテンポは速くなり、音楽はなめらかに流れ出します。あくまで丸みのある音で奏され、ダイナミクスに対してあまり細かい反応はせずに淡々と進むため、もう一歩踏み込んでほしい気にもなります。しかし、美しく無垢な世界を演出するとなればこれもひとつのスタイルかと思われます。第1主題が再現されるあたりからフレーズに緊迫感が漂うようになり、テンポが動き出します。弦楽器は持てるパワーを音符にぶつけつつ活気づいてきます。第2主題の再現においてもやや落ちつかない雰囲気で、来るべきカタストロフィーに少しずつ引きつけられているように前のめりに進みます。ゲネラル・パウゼの前後でもテンポの弛緩はありません。波打ち際の砂がかえす波に合わせて海の方へ流されていくように第1主題の再々現部に静かになだれ込んでいきます。ここではゲネラル・パウゼで足を止め、さらにその余韻に浸って瞑想しつつ逍遥するのが通例なだけに、カラヤンのこの発想にはただ恐れ入るばかりです。カラヤンはこの第1主題の再々現部の頂点、すなわちこの楽章のクライマックスを目指してかなり前からその準備をしていたことになります。ヴァイオリンによる上降6連符の連続をはじめ低弦および金管のパワーは凄まじく、圧倒的な頂点を築きあげます。まさに恐るべき構成力です。第2楽章をこのように演奏する指揮者は空前絶後かもしれません。

 第3楽章。広い音場の中で木管と金管が華やかに鳴り響く演奏です。全体的に響きが豊かすぎてヴァイオリンの細かいパッセージに現実感がないのが惜しまれます。しかし、迫力は十分で堂々とした恰幅のよさはカラヤンがベルリン・フィルに求めた理想的な姿といえるでしょう。トリオでは弦楽器のぶ厚い響きが印象的ですが、肩の力の抜けた余裕の音楽が展開され、そのクライマックスにおいてもごく自然なスタイルが守られています。第4楽章。金管の圧倒的な迫力とそれに少しもひけをとらない弦楽器のパワーにただ呆れるばかりです。ヴィルトォーゾ・オーケストラの本領発揮といったところです。それぞれのパートに与えられた数少ないチャンスをことごとく物にしているとも言えます。テンポはその力を発揮できる最適な速さが採用され、ダイナミクスレンジの広いスケール感のある演奏が繰り広げられます。金管群の生み出す完璧な響きを聴くとこの楽章はそれだけで十分成り立ってしまうかのようにも思えます。この楽章もテンポの変化に乏しくコーダでややテンポを上げるだけですが、終始演奏者は冷静であるのが印象的です。


◆ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1976年9月 GRAMMOPHON 原典版)★★★★★
 第1楽章。冒頭はチェロとホルンの一体となった深い響きが印象的です。チェロは木の香りのする素晴らしい音色で朗々と鳴らします。弱音から強音まで幅の広い音楽を作り上げています。続いては木管がヴァイオリンをリードしていく感じで主題を受け継ぎますが、しっかりとした足取りで音楽を進めます。重心の低いところからクレッシェンドが始まり、骨太で輪郭のはっきりした頂点を築きます。第2主題では速めのテンポであっさりとしています。録音のせいか低音が時折飽和したみたいでぼやけることがありますが、ヴァイオリンと掛け合う時の低弦の充実した弾きぶりには耳を奪われます。終結部に向けてもテキパキと進み淀むことはありません。コントラバスの四分音符が効果的に鳴らされ、クライマックスを迎えます。第3主題も速めのテンポでセカセカした腰の軽い感じで弾かれていますが、違和感はありません。ときどきフルートが突出するところは面白く聴けます。主題提示部の最後のファンファーレで突如テンポを落して展開部のテンポをつくるところはとてもユニークですが、ここでは少し違和感を感じます。展開部の木管はウィーンフィルにしてはあまり色気が感じられないのは惜しいところです。少しテンポを上げて弾かれるチェロは冒頭同様深い味わいと力強さを感させます。迫力のある全奏の後は速めのテンポでグイグイと音楽を前に進めるあたりベームの職人技が冴えところです。ファースト・ヴァイオリンは艶のある音でしかもパワーを感じさせる弾き方を聴かせてくれます。まさに、天馬空を駈けるが如しで各パートの充実した音に乗って自在に駆け巡るヴァイオリンにはただ脱帽あるのみです。この楽章の演奏で最も輝かしい個所と言えます。再現部もその余韻を保ちつつ、引き締まった演奏を繰り広げます。コーダでは録音のせいかティンパニと金管しか聞えなくなるのが残念です。

 第2楽章。弦楽器が全音域にわたって密度の濃い充実した音を聴かせてくれます。一音一音かみしめるように遅いテンポで弾かれていながら、全く緩みがなく遅いという感じがしません。発音から歌い込み、フレーズの終わりから次への受け渡しとすべてに動きを伴っているとでもいいましょうか。第2主題においても音楽の流れは失われず、各パートはのびのびと歌い上げます。ややテンポが速まり、華やいだ春の息吹といった雰囲気を作り上げます。何の衒いもない自然な歌い方の中にも美しさへの飽くなき追求が見られるのはウィーンフィルならではのものがあります。第1主題の再現における厚みのあるサウンドはとても印象的です。それに続く動きと起伏のある個所における各パートのバランスは見事で、それぞれが自分の持ち場をきちんと守っています。第2主題の再現では提示部より一層活き活きとした喜びに満ちた音楽を生み出しています。第1主題の再々現部における、ヴァイオリンの6連符は伸び縮みする管の旋律にピッタリ合わせ、一点もゆるがせにしない確固とした足取りでクライマックスを築き上げます。音楽がおさまった後、ワーグナー・チューバとホルンが輪郭のはっきりしたコラールを吹き、続いてフルート、ヴァイオリン、クラリネット、チェロ・バスのピチカートとそれぞれのパートがしっかりした音で各自の役割をこなしていますが、先のクライマックスの余韻に浸りつつ消え入るようにこの楽章を終えようとなどとは微塵にも思っていないようです。また、これらのパートのフレーズの端々には内声部の美しい動きが垣間見られ、思わず耳を惹きつけられてしまいます。

 第3楽章。洗練されているというより、荒削りな彫りで仕上げられた演奏といえますが、溌剌とした躍動感に満ちています。トランペットの鋭い音には堅牢でありながら開放的な雰囲気も感じさせます。小気味よいテンポで細部まできちんと音符を捉えていますが、やや金管のパワーが優ったバランスになっています。トリオは、この曲の全楽章においてベームが採用した最も落ち着いたテンポで演奏されます。弦楽器の音は常に充実していて、慈しむように音符を紡いでいきます。朗々としたチェロの対旋律、木管の夢見るようなオブリガード、どれを取っても絵になる景色になっています。第4楽章ではリズムとダイナミクスが強調されています。コントラバスや木管が極めて鮮明に聴こえ、全体として音楽の輪郭が明確になっています。第2主題は速めのテンポで弾かれ、確固とした足取りで弾かれる低弦のピチカートに乗って弱音の指定に拘らずにしっかりした音量が維持されます。金管セクションは引き締まった音で他を圧倒することはなく、しかし決め所はきちんとおさえています。楽想の谷間にあってもテンポを緩めることはなく、緊張感を持続します。コーダに入ってからは躊躇する気配は全くなく一気にクライマックスへ向けて駆け上がります。


◆ヨッフム/ドレスデン・シュターツカペレ(1976年12月 EMI ノヴァーク版)★★★★☆
 ヨッフムにとってベルリンフィルに次ぐ2回目の全集録音で、この7番は4回目の録音になるそうです。その他に海賊版もいくつか出ていますし、1986年にコンセルトヘボウと来日した時の公演はFM放送とNHKの教育テレビで放映されました。おそらくそのFM放送を元にした海賊版もCDとして出まわっていますし、ヨッフムの演奏は枚挙にいとまがありません。1986年9月17日、昭和大学人見記念講堂におけるヨッフムの指揮ぶりは84歳とは思えないキビキビしたもので、すべての音符に対して確固としたイメージを持っていて、それをオーケストラが音にできるように両手と顔の表情とで指揮していたのが印象に残っています。その時の演奏とこのドレスデンのでは基本的なところは変わっていません。

 第1楽章。冒頭のチェロはゆったりとしたテンポで悠然と歌われ、しかもすべての音符に対して極めて繊細な表情が付けられています。のっけから陶酔し切っているとも言えます。ヴァイオリンのトレモロも見事で、旋律を受け継いでからもチェロの作り上げた雰囲気を維持します。中低弦のトレモロも充実していて金管が加わると一層奥行きの深さを感じさせます。第1主題はなだらかな丘を描いているようですが、第2主題ではやや活気づいていき音楽に動きが出てきます。弦楽器の細部が少々曖昧に聴こえるのは録音のせいでしょうか。スケールの大きな終結部の後、第3主題では一転して速めのテンポを採用します。金管はドラマティックに鳴り響き、弦は溌剌とリズミカルな旋律を奏します。3つの主題にきちんと異なる性格を与えていることになります。展開部の木管楽器群は透明な響きでやや冷たい感じを受けます。しかし、フルートのスリムな響きには好感が持てます。チェロとヴァイオリンが対話する個所では、徹底的に磨き上げられた繊細な音で一音一音ていねいに歌い込みます。スケールの大きな全奏の後に続く第1主題の展開では多少テンポを上げますが、全体にソフトな弾き方をしています。ヴァイオリンの高音も美しく弾かれていますが、もう少し力があってもいいかもしれません。しかし、ヨッフムの解釈によると、この曲の形式的音楽的頂点は第2楽章のシンバルのところであるということですから、第1楽章の展開部で爆発するのはまだ早いのでしょう。再現部に入る直前のヴィオラによるトレモロ(2拍分)を思いっきり長めに弾かせているのはとてもユニークです。再現部ではいったんテンポはグッと落ちますが、第2主題の再現では動きのあるテンポになります。しかし、ここでも落ちついた感じで激しさはありません。コーダに近づくとテンポはどんどん遅くなります。コーダはさすがにスケールの大きな演奏となっていて、長大な楽章の締めくくりとして相応しいものになっています。最後の音はキッパリと弾き切ります。すべてを知り尽くしたと言った演奏ですが、あまりに細かく磨き上げられると少々うんざりすることもあります。

 第2楽章。ゆったりとしたテンポの中、テヌートを十分にかけて音と音のつながりを重視した弾き方をしています。深々とソファに寛いでいるといった感じで、息の長いフレージングでなだらかな起伏をつけて歌わせますが、テンポは遅いものの生気は失われていません。第2主題に入ると遅いテンポは変わりませんが、少し動きがでてきます。弦楽パートのバランスがよく取れていて、ソフトで丸みのある音が基調になっています。録音のせいでいくぶんくすんだところがあって、透明感には欠けるようです。ヴァイオリンと掛け合うチェロも伸びのある弾き方に耳を奪われます。第1主題の再現も冒頭とほぼ同じスタイルで演奏されていますが、とりわけ金管、木管、弦楽器のバランスの良さと、遅いテンポの中で音楽を弛緩させずに盛り上げていくところに感心させられます。第2主題の再現ではあくまで美しい気負いのない世界を創出しています。第1主題の再々現部に入る直前の弦楽器、特にヴィオラの音符に込められた思いに胸が打たれます。この後も遅いテンポのまま進みますが、各パートがそれぞれの持つ最高の音色で弾こうとしているのが感じられる程熱がこもっています。クレッシェンドは計算されたように均質にかかっていて次第にスケール感を増していきます。トランペットが出てくるところはややぎこちなさを覚えますが、見得をきったり小細工を弄することなく頂点に滑りこみます。シンバルの一撃までもその勢い、音質共にピタリとはまっているあたり、全曲を通してここが頂点と明言するヨッフムならではの演奏と言えます。このシンバルの後に大音響の中でフレーズを何度も繰返すのですが、ヨッフムをここに変化のある細かい表情をつけていて、決して単調にならないところもさすがです。まさに、ここの個所だけでも一聴の価値があると言えます。ワーグナー・チューバとホルンのコラールはたっぷり時間をかけて演奏されますが、最後のホルンの咆哮は立派過ぎるような気がしないでもありません。ヴァイオリンの透明感のあるスリムな響きはいいのですが、フルートの大きなヴィブラートはそれにそぐわないように思われます。

 第3楽章もバランスがよく取れた演奏になっていて、金管が絶叫することなく余裕のサウンドを聴かせます。トランペットの音が少し変わっていて、しかも丸みがあるのとホルンが豪快に吹いているのが特徴的です。やや真面目過ぎて安全運転といった印象を受けるところがあり、もう少し軽さがほしい気もします。トリオは速めのテンポながら穏やかな雰囲気を醸し出しています。厚みのある弦楽器が強弱のコントラストを大きくつけつつ自然に歌います。チェロによる細かい動きも鮮明に聞き分けられ、立体的な響きを作り上げています。また、クライマックスを過ぎてからのヴィオラなどの深みのある音にも耳を奪われます。

 第4楽章。過度な緊張を強いない穏やかな雰囲気で開始されます。各パートはそれぞれの役割をキチッと果たしていますが、あまりうまくまとまりすぎて面白みに欠けるかもしれません。弦のトレモロのダイナミクス・コントロールにおけるフットワークの良さには特筆すべきものがあります。第2主題でも雰囲気は変わらず、コンパクトな響きと速めのテンポで演奏されます。背後で鳴るホルンの動きが強調されていますが、これはベルリンフィルのときと同じです。金管は荒々しくならず無駄のない響きを作り上げますが、ブレンドされた音が今ひとつ潤いに欠けるきらいがあります。すべての音に神経が行き届いているのは全曲を通して言えることですが、この楽章ではさらに身のこなしの軽さがプラスに働いているようです。コーダに入って緊張が高まってきて冒頭の主題を繰返すところで、フレーズの始まるアウフタクトの頭でトレモロで刻んでいるパートが鋭いアクセントをつけています。なかなか効果的なアイデアと思われますが、ライヴで聴く時はいいとして、CDで繰返し聴くには少々耳障りかもしれません。このあたりの複雑な弦楽器の絡みにおいて、あまりに整然とコントロールされているせいか、やや堅苦しさを覚えます。もっと奔放さがあればいいかと思われます。最後のしめくくりでは、見得を切ることもなくテンポ通りに演奏されます。


◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1978年10月 PHILIPS ノヴァーク版)★★★☆☆
 ハイティンクはコンセルトヘボウで1963年から1972年までの間にブルックナー全集を録音していますが、1985年からはウィーンフィルと2回目のブルックナーの録音を開始しました。しかし、3,4,5,8番を録音したものの不況により契約は打ち切りとなってしまいました。ハイティンクは1997年にウィーンフィルと来日した際に7番を演奏してくれましたが、筆者は最初の4番を聴いて以来、この組合わせでブルックナーを揃えようと思っていただけに誠に残念です。

 第1楽章。速いテンポで中味の詰まった音でチェロが、まるで大好きな曲を喜びに震えながら弾いているように感じられます。フレーズの終わりにリテヌートはほとんどかけず、生々しいトレモロにせき立てられるように先を急ぎます。引き締まったクリアな録音で、ダイナミクスの幅の広い演奏になっています。第2主題に入っても速いままで、8分音符による刻みが他の演奏では聞けない独特な雰囲気を持っています。まるでピクニックに出かけようとわくわくしている子供達が耳にする車の心地よいエンジンの音のようです。弦楽器の各パートもしっかり自分の役割を果たし、聴かせるべきところは外しません。第2主題の終結部ではほとんどテンポを変えず頂点を目指しますが、一線を越えない八分の力で奏されます。第3主題でもテンポを変えず、変わったことは何もせずにひたすらすべてのを音を鳴らしきることに専念しています。展開部ではフルートの澄みきった音が印象的です。チェロは感情を込めて歌うというより、颯爽と漲る力を発散させるといった弾き方をしています。展開部の後半ではヴァイオリンの高音はよく抜けているのに、中音部が埋もれてしまっていますが、緊張感は十分あります。再現部に入っても全くテンポを変えず、小気味よさを維持します。時折内声部が表に出て来たりと聴かせどころはしっかりおさえています。コーダではチェロの張りのある音が見事で、大きなスケールを誇示することはないもののきちっと音楽を締めくくります。ここまで速めのテンポに拘りつつも自然なフレージングを維持し、技術的完成度の高い演奏はめずらしく、万人向きの演奏ではありませんが、名演のひとつに数えられると思います。

 第2楽章。派手さや見得を切るところもありませんが、輪郭のはっきりしたスタイルで適度な起伏をつけています。第2主題ではせかせかした印象を受けます。引き締まった音ではありますが、ヴァイオリンの高音の硬さが気になります。スラーを切りすぎていることも忙しさを助長しているようです。第1主題に戻るところではどこか無表情な弾き方をしていますが、ここは冒頭と表情を変えるなり工夫がほしいところです。しかも気の張った音がずっと続いていることもあって、この辺りでは単調さが感じられます。この後いくつか迎えるクライマックスでは、バランスのよく取れた引き締まった響きで中庸なスタイルが貫かれています。第2主題の再現では1回目と同様に速いテンポが採用され、そのまま気を緩めずに第1主題の再々現部になだれ込みます。ヴァイオリンの6連符は常にしっかりと弾かれ、旋律部は力強い弦楽器と金管によって起伏の大きな音楽が作り上げられます。クライマックスが過ぎ、音楽がおさまってワーグナー・チューバが吹き出す直前までヴィオラのトレモロがしっかり弾いているのが耳に残ります。その後のワーグナー・チューバとホルンのコラールは雄弁で雰囲気のある世界を描きます。楽章の終わりに向けてクラリネットとヴァイオリンが見事におさまりゆく音楽を演出します。フルートはヴィブラートが少々気になります。

 第3楽章も引き締まった音と厳しいリズム感に満ちています。金管は鋭く、木管は溌剌とし、弦楽器のこじんまりとしたアンサンブルに支えられて、全体としてがっちりした音楽になっています。トリオは無駄のない響きで演奏されますが、テンポが速いために少々あっさりしています。第4楽章はやや落ち着いたテンポで開始され、その後もあまり変化しません。どのパートもそつ無くこなしていますが、迫るものがないように思えます。第2主題では各パートの動きがよくわかる透明感のある演奏です。第3主題での金管のパワーは見事で、弦楽器とのバランスもよく配慮されています。ただ、真面目すぎるせいか音楽に面白さ、生命感といったものが出ていないようです。この楽章でブルックナーは比較的シンプルな音符を連ねていますが、そこには様々な葛藤や感情の揺れが隠されているはずです。あまりきちんとした演奏ではこの辺りが表現しきれないように思えます。曲全体を速めのテンポで押し通すアイデアはいいとしても、どこかに訴えるべきポイントがあってもいいのですが、気がついたら曲が終わっていたといった感じの演奏と言えます。 


◆バレンボイム/シカゴ交響楽団(1979年3月 GRAMMOPHON ノヴァーク版)★★★★☆
 バレンボイムは、シカゴ交響楽団とベルリンフィルという2大ヴィルトォーゾ・オーケストラを使ってそれぞれブルックナーの交響曲全集を録音してしまうというどんでもない偉業を達成しました。次はどんなオーケストラとブルックナーを録音するか楽しみですが、この1回目のシカゴとの録音は後のベルリンフィルとの録音と較べて全く遜色のない演奏に仕上がっています。全集でなかったら再録する必要がない程の出来と言ってもいいくらいです。

 第1楽章。冒頭のホルンはチェロの圧倒的な響きの中に溶け込んで微かな音の軌跡を残すのみです。チェロは伸びのある音と引き締まったテンポでグイグイと前進し、その姿には指揮者とオーケストラ全体の意気込みを背負っているようです。さらにその意気込みが上滑りすることなく、隅々までコントロールされた統一感のある弾き方をしているのにも驚かされます。ヴァイオリンのトレモロも見事なバランスでいい効果をあげています。チェロの後をヴァイオリンはゆったりと広がりのある音で受け継ぎ、直ちにブラスがガッチリとサポートします。その力強さとバランスのとれたサウンドには思わず唸ってしまう程です。音量を増すことでテンポを少しずつ引き締めていくところはとても37歳の指揮者とは思えません。第2主題はテヌート気味に弾かれる8分音符の刻みに乗って色彩感豊かな木管が華麗な名人芸を聴かせます。分厚い弦楽器は洗練さこそないものの丁寧に弾かれていて、各パートが入れ替わり立ち替わり競い合うようにここぞというフレーズを輝かせます。フレーズに即したテンポ設定にはいささかの弛緩はありません。第2主題の終結部で突然テンポを落とし、もったいをつけてから急激なクレッシェンドとアッチェランドをかけます。このあたりは私淑するフルトヴェングラーの影響でしょうか。ここでの金管は完璧なサウンドでシカゴ交響楽団のパワーとテクニックを見せつけているのは言うまでもありません。第3主題はゆっくりと開始されながら金管が加わるとどんどん加速され、いつのまにか圧倒的なブラスが響きを支配します。重量感はあるのに重々しいというより、明るい活きの良さを感じさせる演奏です。展開部に入ると再び木管が名人芸を披露します。しかし、スタンドプレイはなく、引き締まった音でセクションとしての統一感が維持されます。ヴァイオリンの音色は今ひとつですが、美しい音を出そうという意識は随所に見ることができます。チェロはやや速めのテンポですが、冒頭同様、中味の詰まった音で力強い音楽を奏でます。緩むことのないテンポで勢いのある弾き方が素晴らしく、音階を駆け上がるところではボーイングの返しまでが生々しく伝わってくる程です。第3主題の展開でも張り詰めた緊張感は維持され、それに続く金管は再び迫力あるサウンドを鳴り響かせます。こんな完璧さとパワーを併せ持った演奏はこれまで聴いたことはありません。このブラスの最後の音が鳴り終わらぬうちにセカンド・ヴァイオリンが怒涛の如く第1主題の展開を始め、ファースト・ヴァイオリンは完璧な音程で駆け抜けます。このスピード感と迫力ある音楽運びは見事と言うしかありません。再現部に入ると緊張感を徐々に緩めて解放感ある音楽にしていきます。木管の輪郭のはっきりした演奏の後の第2主題の再現では、ヴァイオリンがめいっぱいの力で弾ききるオブリガードを引き連れて、旋律部のどのパートもパワー全開で音楽を盛り上げていきます。しかもバランスは常に最良な状態に保たれて、一部の隙のない大きな頂点を築いていきます。コーダも凄まじい音量でスケールの大きな音楽を作り上げますが、とりわけ頂点の直前でのリテヌートが絶大な効果を上げています。このように、ひたすら吹きまくり、弾きまくる演奏でありながら、少しもやかましさや不快感を覚えることがないのは不思議です。バレンボイムが、オーケストラに細部を丁寧に演奏させ、どんな強奏時でも乱暴になったり、歯止めのない絶叫にならないようにしているからでしょうか。

 第2楽章。曖昧さのない、くっきりとした響きで開始され、待ちきれないかのように弦楽器が力強く主題を弾き始めます。分厚い低弦に支えられていますが、響きは引き締まっています。ただ、ヴァイオリンが常に力で押しまくるためにやや単調に感じられ、徐々に盛り上っていくところや頂点における感動が今ひとつです。力を抜いたり、引くことをしないバレンボイムの若さが出ているといいましょうか。第2主題ではヴァイオリンが美しい音を出そうと腐心しているのが良くわかるのですが、チェロの雄弁さに押されて、結局は力が優った演奏になっています。オブリガードを吹くフルートによる澄みきった音には耳を奪われます。ここまでテンポの弛緩は一切なく、絶えず前進し続けます。しかし、フレーズの締めくくりでかなり頻繁にリテヌートをかけていて、それなりに考え抜かれはいるものの鬱陶しく感じられることもあります。第1主題の再現からは再び弦楽器がパワー全開で旋律を弾き始め、金管がそれに負けじと張り合います。いくつか迎えるピークではひとつひとつ全力で取りかかっていますが、もう少し工夫がほしいところです。ただ、フレーズとフレーズの間を開けないのが音楽の停滞を防いでいます。第2主題の再現においても、どの弦のパートもめいっぱい力の限りに弾いているため、陰翳といったものに不足しています。その後のところでは、やや大げさな表現もあって自然さに欠けます。第1主題の再々現部でのヴァイオリンの6連符は見事で、これ程一音一音くっきりと弾かれている例は他にはないかもしれません。テンポは極めて遅く、よくこのテンポでスラーをつけたまま勢いを失わずに弾けるものかと感心してしまいます。遅いテンポでもフレーズの後に間を置かないために音楽には推進力があり、音量を徐々に増すことで緊張感を高めていきますが、このあたりの組み立て方にはバレンボイムのただならぬ才能を感じさせられます。金管はとどまるところを知らないパワーを炸裂させ、大スペクタルともいうべき大きな頂点を築きます。しかし、そこではすべての楽器が完璧に鳴りきっていて、金管の大音響に霞んでしまういったことはありません。ただ、音楽がおさまった後のワーグナー・チューバとホルンのコラールからは深みのある音楽は聞こえてきません。フルートがクールで無駄のない響きを聴かせ、暗く沈みゆくヴァイオリンが一瞬気を取り直したかのような煌きを見せたりと、何かが起きそうな気配はあるものの、そのまま楽章を閉じます。あと一歩です。

 第3楽章はアメリカ・ビッグファイヴの頂点に君臨するシカゴ交響楽団の本領が発揮されます。正確で力強い弦楽器による弾むようなリズム感、金管の余裕のあるサウンド、細部まで磨きをかけられた木管群、これらの絶妙なバランスから作られる音楽には活気が満ち溢れ、ブルックナーのスケルツォ楽章で求められる条件の多くを満たしています。金管による強奏時でもヴァイオリンのトレモロが突き抜けるように響き、普段聴き取れない木管の細かい動きが手に取るように聴こえてくるのには驚きを禁じ得ません。余分な響きのない引き締まったサウンドがこの録音を行なったオーケストラホール特有の高さのある大空間に鳴り響きます。トリオでは弦楽器が分厚い響きでゆったりと歌います。あまり細かいことには拘らず、自然な流れに身を任せた感じで演奏されます。しかし、ここでもめいっぱい鳴らすために音楽の起伏を楽しむことが出来ません。第4楽章。ヴァイオリンとそれに続くチェロが奏する主題では、弾き始めはゆっくりとしていて、すぐにテンポと音量を上げるといったユニークなスタイルで弾かれます。少々真面目な印象を受けますが、共に溌剌としたリズムに乗っていて期待に胸をはずませるといった雰囲気はよく出ています。第2主題では、ゆっくりした足取りで譜面にある強弱の指示に慎重に従います。チェロバスのピチカートはバランス感に秀でていて、ヴァイオリンの張りのある響きと相俟ってイメージ豊かな世界を作り上げます。第3主題では金管が巨体を揺すって登場、これでもかとその威容をたっぷり時間をかけて誇示します。この楽章ではブラスが支配しているのですが、その完璧な音程とバランス感覚は他に類を見ないほどです。その後はテンポを上げて展開部へとなだれ込みますが、このあたりの音楽の運び方は見事です。金管のコラールや木管のアンサンブルではテンポを落ち着かせ、ヴァイオリンの跳躍する第1主題の展開をじっくり聴かせます。再び奏される大音響での金管群による咆哮の後に、静かに奏されるヴァイオリンによる第2主題を聴くとブルックナーの意図した様々なコントラストといったものが見事に具現されていることを痛感させます。この後再現部に入ると、テンポを微妙に変化させつつ緊張感を高めていきます。アッチェランド、クレシェンド、リテヌートを自在に駆使して急速に音楽を盛り上げ、衰えを知らない金管の大音響をもってクライマックスを築き上げます。音楽的興奮を高めつつ最後までバランスを崩さないあたりはさすがです。部分的に力ずくで押してしまうところもありますが、スコアを深く読んだ上で、ヴィルトォーゾ・オーケストラを完璧にコントロールして自分のブルックナー像を示すバレンボイムの確かな棒さばきに感心させられる演奏です。


◆マタチッチ/ウィーン交響楽団(1980年 Hypnos)★★★☆☆
 たぶん放送録音をCD化したもので、バランスは良くないですが、全体的に音質は良好です。正規録音ではないですが、この曲を得意としたマタチッチの録音が聴けるのは喜ばしいことです。

 第1楽章。チェロとホルンがよく溶け合った音で開始されます。ゆったりとしたテンポでチェロは息の合った演奏を聴かせます。続くヴァイオリンもその雰囲気をうまく受け継ぎますが、金管が加わるとヴァイオリンの音が聞こえなくなるのは残念なところです。テンポは第2主題に入ってもゆったりしていますが、旋律に即して微妙な伸び縮みを見せます。展開部に入ると、落ちついた感じで細部にもこだわり、曲想毎に明確に音楽を振り分けています。このあたりはマタチッチのこの曲を知り尽くした造詣の深さを感じさせます。全奏によるフォルティッシモでは金管の熱の入った下降音階が見事ですが、その後にテンポがアップしないせいか音楽が停滞がちです。ヴァイオリンの音は生々しく録音されていますが、一音一音ヴィブラートを濃厚にかけたロマンティックなスタイルで正確度も極めて高い演奏となっています。再現部、コーダと盛り上がるところは録音のせいか金管とティンパニしか聞えません。

 第2楽章。ゆったりとしたテンポで弦楽器が演奏しますが、ヴァイオリンの前のプルトの音が際立って録音されていて、生々しいヴィブラートが聞こえます。フレーズに即して寄せては引くような絶妙な歌いまわしが印象的です。第1主題の頂点でのヴァイオリンによる下降分散和音に縦のズレがあって惜しい気がしますが、気持ちを込めたくなるのはよくわかるところです。第2主題は一転して速めのテンポを取ります。艶のある音色で何とも軽やかに弾かれていて、フレーズの終わりはリテヌートで美しく締めくくります。しかし、時々音に酔いしれていることがマイナスになって音楽に停滞が生じることもあります。第1主題の再々現部では、最初はゆっくりしていますが、途中でテンポを一段上げていきます。ヴァイオリンの6連符はスラーを外していますが、却ってモヤモヤしています。旋律部は次第に盛り上がって、ライヴらしい興奮に満ちたクライマックスを迎えます。しかし、大音響はマイクに入りきらず、想像で補うしかありません。音楽がおさまった音のワーグナー・チューバはヨタヨタした吹き方で少々冴えませんが、ヴァイオリンは相変わらず艶のある音を聞かせてくれます。

 第3楽章。3拍子の3拍目のウラにある8分音符が明確に聞こえる厳しいリズムを課した演奏です。弾むような弦楽器とティンパニが立派ですが、肝心の金管はやや遠くに聞こえて明確さに欠けます。トリオはサラリとした軽さで、こじんまりとしてはいるもののイメージ豊かな世界を作っています。木管の音色は今ひとつですが、弦楽器の弾き始めの音には潤いがあり、常に美しい音を出そうという意識を感じさせます。第4楽章。あまり緊張感を強いない演奏で、フレーズの終わりに大きなリテヌートをかけて堂々と締めくくります。しかし、音楽には活き活きとしたリズム感を感じることができます。第2主題は速めのテンポで引き締まった響きと強弱のコントラストで爽快な雰囲気を作っています。第3主題での金管は立派な響きで吹きはじめ、途中からテンポを上げて緊張感を煽ります。ヴァイオリンの分散和音は勢い余って縦の線が崩れますが、その意気込みは十分伝わってきます。展開部での木管はいい味を出して、とりわけクラリネットが絶妙なクレッシェンドをもってワーグナー・チューバに受け渡すところは思わず息を呑みます。ヴァイオリンは落ち着いて第1主題を展開させ、続く金管は立派な強奏を聴かせますが、ライヴでこれだけの完成度の高い演奏はあまりないくらいです。ヴァイオリンのブリッジあたりからアンサンブルの乱れることも介さずアクセルを踏み込みんでいきます。金管のパワーは少しも衰えず、押したり引いたりするテンポの細かい揺れをもって、段階的にクライマックスを築いていきます。強烈な個性はありませんが、自然な音楽作りを基本にした演奏です。


◆ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレ(1980年7月 ハース版)★★★★☆
 ブロムシュテットは以前に来日した時にブルックナーの4番の圧倒的な名演を聴かせてくれているので、さぞブルックナーの録音が多いかと思っていたら、まだ、ドレスデンとの4、7番、サンフランシスコとの4,6番、ゲヴァントハウスとの9番があるだけです。1998年からライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督になっていますから是非とも7番を録音してほしいものです。この曲を初演したオーケストラとしてはわずかに2点(コンヴィチュニーとマズア)しかないのは寂しいですから・・。

 第1楽章。冒頭のチェロはスリムな響きでなだらかな起伏をつけて歌います。テンポは遅すぎず、速すぎず心地よい速さを維持し、背後に鳴るヴァイオリンのトレモロは美しく溶け合い、しっとりした潤いを感じさせます。チェロの音が静かに消え入るとヴァイオリンが旋律を引き継ぎますが、そのやわらかな音は朝の太陽の光が暗い部屋に少しづつ差し込むような視覚的な美しさを湛えていて、木管の響きに重なり合って暖かみのある音楽が作り上げられます。次第に盛り上がって金管が加わるあたりは、あたかも天上から様々な音の塊が降り注ぐように聴こえます。録音会場であるルカ教会の広い音場を活かして、ブルックナーの書いたブラスの複雑な音符から見事な音の魔術を見せてくれるあたり、改めでブロムシュテットの腕前に感心させられます。静かになってヴァイオリンが残るところも余韻が美しく漂います。第2主題はバランスのとれた木管のアンサンブルが光ります。弦楽器にテーマが移るとフレーズの終わりでリテヌートをかけるのを意識的に排除しているように感じられます。音楽の流れが途切れないようにしているのでしょう。終始引き締まったスタイルでテンポも落ちついた感じで進行します。時折、新しいフレーズに入るときに一瞬ブレスのような間をつくっていて、それが心地よい驚きと緊張感を聴き手に与えています。終結部で少しばかりのアッチェランドをかけてきっちり頂点を築くものの金管はコンパクトな響きを維持します。第3主題はそのままのテンポで軽快に弾かれ、金管はその下降音階で威圧的にならずに暖かい音色を保ちます。展開部に入ると木管はそれぞれのフレーズをたっぷり時間をかけて思いのままに吹きます。とりわけフルートの透明な音に魅力を覚えます。続くチェロが第2主題を展開するところでは、ゆったりとしたテンポのまま息の長いフレージングで歌います。繊細な弾き方には好感は持てますが、ややおとなしいところがあってここはもう少し踏み込んでもいいかもしれません。第3主題の展開でテンポは元に戻り、続く金管によるファンファーレは相変わらず見事にコントロールされています。しかし、もう少し迫力とスリルがほしい気もします。続くヴァイオリンは快適なテンポに乗って引き締まった音で跳躍を繰返します。またこれにつけるバックも一部の隙も見せないくらい見事で、各パート間のバランスもよくとれています。再現部の後半では急にテンポがゆっくりになりヴァイオリンのオブリガードが効果的に弾かれます。コーダの直前で長いクレッシェンド・ディミュニエンドをたたくティンパニの音が今ひとつそぐわない感じがするのが残念です。コーダは落ちついた中にかすかな熱気を振り撒いて威圧的にならずに見事な盛り上がりをみせます。最後の和音がいかにも幸福感に溢れていて、ブロムシュテットのこの楽章の捉え方をよく表わしています。また、この楽章でのブロムシュテットのとるテンポはいろいろと変化しているのですが、何時の間にか最適なものになっているという感じで違和感が全くありません(意図的なルバートをかけているのはわずか2箇所でそれもわざとらしさはありません。)。名演です。

 第2楽章。冒頭のヴィオラの深い響きが印象的です。続く弦楽器による主題では、遅いテンポで滑らかに弾かれています。個々のパートや楽器そのものの俗的な美しさより、全体としての音色やアンサンブルに力点を置いた演奏になっています。ただ、遅いテンポが災いしてときおり方向を失うことがあります。しかし、テヌート奏法による音の持続力は見事です。第2主題でも、同じようなテンポが継続されますが、楽器が増えてくるとテンポに動きが生じ、アンサンブルの切れ味もよくなり、しかも立体的な色彩感が増加していきます。この華やかな響きに乗ったフルートのオブリガートはいい雰囲気を出しています。しかし、その後音楽がおさまっていくのに、音色が変わらないまま進むのはいただけません。第1主題に戻ると再びゆったりと弾かれ、なだらかな傾斜を持ってテンポと音量を上げていきます。頂点ではやや音に透明感がないものの明るい音楽が作り出されているのが印象的です。しかし、フレーズひとつひとつを丹念に弾きこんでいるのとテンポの遅さが音楽の流れを分断させているように思えます。第1主題の再々現部では旋律部の音量を抑えてヴァイオリンの6連符を聴かせ、最初から身を低くして前傾姿勢を打ち出すことで、来るべきクライマックスを意識した緊迫感を漂わせます。途中で音楽を弛緩させることなく、直線的に頂点へとなだれ込みます。シンバルなど打楽器は鳴りませんが、その自然な音楽作りと拡がりのある響きは見事で、決して深刻ぶったり攻撃的にならないのがブロムシュテットらしいところです。音楽がおさまった後のワーグナー・チューバとホルンのコラールでは、ホルンがやや唐突に聞こえるものの、先ほどの大音響のところではなくここがこの楽章の頂点であるといわんばかりの気持ちがこもった演奏になっています。また、ホールの響きに任せたシンプルな吹き方をするフルートの音楽が、折り目正しいヴァイオリンの弾き方に見事に調和しています。

 第3楽章。冒頭のトランペットの音量を殺した密やかな吹き方に思わず耳を奪われますが、その後も少しずつ音色を変えて吹いているあたり、力だけに頼らないブロムシュテットのこの曲への姿勢を窺わせます。金管はでしゃばらず、クリアな木管、溌剌とした弦楽器と、全体として見通しのいい、鋭角的なリズムによる引き締まった演奏になっています。トリオではヴァイオリンと中低弦のバランスの取れた美しさと木管の自然な歌い方に好感が持てます。第4楽章。冒頭は、明るく豊かな響きに切れ味の良いリズムが見事に組み合わさっています。ヴァイオリンのトレモロもフットワークがよく、特別なことは何もしていないのですが、まとまりのよい、しかも幸福感溢れる主題提示になっています。第2主題は強弱のコントラストを効かし、流れるようなテンポに木管や金管が自然に乗っています。終結部における弦楽器の響きを活かした深い音が魅力的ですが、第3主題の金管は逆に響きすぎです。途中でアクセルを踏み込み、テンポを上げて展開部になだれ込みます。展開部での木管のアンサンブルや金管のコラールにはたっぷり時間をかけますが共によくコントロールされています。続くヴァイオリンによる第1主題の展開はややのんびりした感じなのが惜しいところです。また、響きのよさがときには悪さをしていて、細部がモヤモヤすることがあります。再現部に入ると次第に音楽を盛り上げていきますが、ここでもフレーズの途中でグイッとテンポを上げるというユニークなやり方をしています。これは不思議と不自然な印象を受けることはありません。最後まで攻撃的な姿勢を見せず、端正なスタイルを堅持して曲を閉じます。この曲の明るさや幸福感を明確に打ち出してはいますが、最後の物足りなさが若干残る演奏です。


◆スゥイトナー/ベルリン・シュターツカペレ(1981年1月 Schallplatten ノヴァーク版)★★★☆☆
 第1楽章。出だしのチェロのよる主題提示は速めのテンポとスリムな響きで爽やかに弾かれます。余韻に浸ることはせずに、微細なダイナミクスの変化をつけています。ヴァイオリンと木管は見事なバランスで主題を受け継ぎ、途中から入ってくる金管がよく分離された透明な響きで頂点を築くあたりたいへん好感が持てます。第2主題もそのままのテンポで心地よく進行します。ヴァイオリンと低弦との対比もクリアに聴こえ、フレーズを受け継ぐときにもったいぶらずに作為の跡がありません。ここの終結部においては控えめながら効果的なクレッシェンドを交えてコンパクトな盛り上がりを見せます。第3主題でも快速で弾かれ、金管のファンファーレも一陣の風が吹きぬけるような明るくサラリとした雰囲気を作っています。展開部では相変わらずの速めのテンポで、木管群がセカセカしているような印象を受けます。チェロは待ちきれずに弾き出すといった感じで速いテンポの中にもいい音で歌っているのですが、フレーズの頂点をつくる金管とやや距離があるように聴こえます。ここはもう少しじっくり音楽をつくってもいいところです。展開部後半に入るときのブラスはワイルドな感じが出てもいいのではないでしょうか。続くヴァイオリンのオブリガード風のところでは、丁寧に弾かれているのですが、音の勢いが感じられません。ここももっと力強さがあってもいいところです。再現部の盛り上がりも今ひとつ物足りません。最初から最後まで指揮者の一貫したテンポのコンロールと丁寧な音楽作りが光る演奏ですが、かなりストイックな印象を受けます。もう少しテンポの揺れやメリハリのあってもいいと思います。

 第2楽章。ゆったりとして、一音一音たっぷり時間をかけて歌います。起伏をなだらかですが、終始中味の詰まった音で弾かれているため、少々息苦しさを覚えます。金管とのバランスはよく取れていていますが、録音のせいかヴァイオリンの高音が遠くに聞こえるようで、あまり現実的でない響きになっています。第2主題でややテンポを持ちなおします。相変わらず充実した音で真面目な演奏を繰り広げます。もう少し軽さと前に進む推進力があればと思います。しかし、次のフレーズに移るとき、その直前のギリギリのところでリテヌートをかけるという粋なとろもあります。第1主題が戻ってくると最初よりは力強さはあるものの、テンポ感は変わっていません。ここはもっと動きがほしいところです。録音に透明感がないせいか、木管や金管がリードすべきところでも厚ぼったい弦楽器が常に立ちはだかっているといった感じです。音楽が盛りあがるにつれてようやくテンポが速くなりますが、強奏のところでは音が飽和していて雑然とした印象を受けます。第2主題の再現でもその速いテンポが維持されていて忙しく感じられます。余韻を楽しむ間もなく第1主題の再々現部に入ります。ここでは旋律部がボテッとした響きですが柔らかく互いに溶け合っているのがユニークです。あまりテンポをアップさせずに盛り上げていきます。頂点においてはティンパニのメリハリのある叩きぶりに心を動かされますが、金管の鮮明度に欠けるのと弦楽器の硬い響きで十分なクライマックスを創出していません。音楽がおさまった後のワーグナー・チューバはモヤモヤしていて、続くヴァイオリンの高音はあっさりしすぎでスルスル進んでしまいます。

 第3楽章。ゆっくりしたテンポで、よく響かせた演奏ですが、各パートの音は分離していて聴きやすくなっています。さらに、ティンパニの見事な叩きがメリハリのある音楽にしています。また、テンポがちょうどいいのか、木管もそれぞれのフレーズを大切に扱って吹いていて、トランペットの合いの手も見事に決まっています。しかし、締めくくりの強奏では落ち着きすぎて音楽が弛緩する傾向にあり、金管の響きがいいだけに残念です。トリオではさらに落ち着いた平和な雰囲気に溢れています。柔らかい弦、長閑な木管、よくコントロールされた金管と、それぞれが絶妙なバランスを維持しつつ演奏されています。クライマックスにおいても決して威圧的になりません。第4楽章はひっそりと開始されます。セカンド・ヴァイオリンは絹のような肌触りの細かくて艶のある響きのトレモロを刻みます。木管が主題を受け継いだ後、弦のトレモロが突然音量を落す(スビト・ピアノ)は絶大な効果を上げています。木管は活きの良い吹き方ですが、フルートの音が遠くに聞こえるのが惜しいところです。第2主題は速めのテンポで流れるように歌われ、強弱の差を大きく取った演奏になっています。木管はたっぷりと響かせながら輪郭のはっきりした音楽を聞かせます。第3主題のブラスは立派で、テンポを速めてグイグイと前に進んでいきます。展開部では音楽が細かく分断されていますが、スイトナーはひとつひとつを丁寧に演奏します。しかし、フレーズの終わりには多くの場合リテヌートをかけたり、強弱のメリハリをつけたり、フレーズどおしの間を大きく取っているため、音楽全体の流れがややぎこちなく感じることがあります。再現部からはその傾向を一層深め、リテヌートや突然のルバートやパウゼ(間)を繰返しつつ音楽を盛り上げていきます。ブラスは最後まで引き締まった響きで堅固なスタイルを維持しています。オーケストラは申し分ないほどこの曲を弾きこんでいますが、スイトナーの音楽にどこか中途半端さがいつもつきまとうような気がします。


◆レーグナー/ベルリン放送交響楽団(1983年5月 Schallplatten 原典版)★★☆☆☆
 第1楽章。とにかく速いテンポ、キリリと引き締まったサウンド、スマートで軽やかな歌いまわしと、時にはこんな演奏もいいかもしれません。ヴァイオリンの第1主題は最初やや時間をかけでじっくり歌っていますが、金管が加わるとテンポは戻されます。第2主題も快速でスルスル進んでいきます。スリムな響きですが、時折縦の線が合わないことが少々気になります。終結部の金管のファンファーレはあまり豊かな音ではなく鋭さが強調されています。第3主題に入る直前に大きなパウゼ(間)があるのには驚かされます。展開部に入ってもテンポは速いままで、木管は落ち着いて歌えないようです。フレーズの終わりにリテヌートはほとんどなく、どんどん次のフレーズに移っていきます。チェロは少し落ちついたテンポで奏されますが、細かい動きが聴き取れないのと金管の素っ気無いサポートが惜しまれます。後半のヴァイオリンが主題を展開するところもゆったりと弾かれています。しかし、あまり明瞭には聞えないせいか訴えたいことが伝わってきません。録音があまり良くないこともあるでしょう、再現部やコーダで盛り上がるところも焦点がぼやけた感じを受けます。

 第2楽章。分厚い弦楽器がじっくり歌います。ひとフレーズ弾いた後に間を開けないために音楽に停滞はなく、荒削りながら力のこもった演奏になっています。第1主題提示の終結部で急にテンポを上げるところはとてもユニークです。第2主題の速いこと。奏者の考えるテンポより棒のほうが速かったために少々慌てていますが、さすがに忙しい演奏になっています。しかし、フレーズの終わりで急激なリテヌートをかけているのはやや不自然です。ヴァイオリンとチェロが対話するところでは妙なこぶしが利いています。第1主題に戻ると最初はゆっくりしていますが、すぐに動きのある起伏の激しい演奏になっていきます。少々忙しいものの、クライマックスへ一気に持っていきます。テンポが速いこともあって金管のファンファーレが乱暴に聞こえます。第1主題の再々現部ではこれまでと打って変わったゆっくりしたテンポで弾かれます。旋律部はロマンティックで感情を込めた弾き方で、時間をかけて盛り上げていきます。ヴァイオリンの6連符は部分的にスラーを外して弾いています。それほど大きなクライマックスは築かず、ハース版なのか打楽器がないためにいつのまにか頂点を過ぎてしまいます。

 第3楽章。急き立てるような弦楽器のスタカートと鋭角的な金管の響きで活き活きとした演奏を展開します。クレシェンドをかける直前で音量を急に落とすところはユニークです。この楽章でもフレーズが終わっても間を開けずに次のフレーズに飛びこんでいくため、緊迫感は伝わってきます。トリオは分厚い弦楽器による堅牢な演奏になっていますが、リテヌートを多用しているのが気になります。トランペットの合いの手がとてもいい雰囲気を出しています。第4楽章。溌剌としたテンポで各パートが明確な音楽をつくっています。第2主題は一転してテンポを落として強弱のコントラストを際立たせます。木管、金管が透明感のあるアンサンブルをゆったりと聴かせます。第3主題ではテンポが上がり、金管がスリムでリズムのはっきりしたサウンドを鳴らします。しかしバランスはあまりよくありません。展開部から再現部にかけて引き締まった金管が音楽に緊張感を与えていて、終曲まで途切れることがありません。速めのテンポを貫き通し、その中で正確に弾く弦楽器は立派。金管のスリムな響きも魅力的ですが、録音に鮮度がありません。


◆シャイー/ベルリン放送交響楽団(1984年6月 DECCA 原典版)★★★★☆
 シャイーはベルリン時代にブルックナーの交響曲を0、1、3、7番を、現在のコンセルトヘボウで2、4、5、6、9番を録音しています。この一連の録音で最初に取り上げたのがこの7番で、それだけにシャイーの意気込みが反映された見事な演奏になっています。

 第1楽章。冒頭のチェロは引き締まった音で奏されます。通常はフレーズの最後の音は音符の指定より長めに弾くことが多いのですが、シャイーは時間通りに切り上げています。チェロだけの響きを強調させるために間をつくっているのかもしれません。しかし、続くヴァイオリンによる旋律は一転してなだらかで切れ目なく歌われます。第2主題で弦楽器が錯綜するところは、バランスのとれた密度の濃い演奏になっています。第3主題では金管を中心とした重々しさを基調にしていますが、テンポを微妙に揺らすことで音楽が停滞することから救っています。展開部では、木管の緻密なアンサンブルが光りますが、少々冷たい感じも受けます。チェロは冒頭同様によく磨き上げられていて音色も豊かに演奏されています。金管もよくコントロールされたバランスを維持しつつ圧倒的な迫力で鳴り響きます。続く第1主題の展開ではファースト・ヴァイオリンはあくまでオブリガードに徹していて、他の弦楽器が主体となっています。ただ、テンポが遅いため少々もたれる傾向にあります。特に再現部に向かうあたりでなかなか音楽が前に進まないために苛立ちを覚えます。展開部でのクライマックスも見事ですが、テンポが単調であるために緊張感が少し欠けるような気がします。しかし、コーダの直前でチェロがこの楽章を振りかえるあたりの超然とした雰囲気には驚かされます。ここまでのシャイーは、ひたすらオーケストラを掌中に収めて完璧にドライヴすることであるようでしたが、この個所の音楽作りは指揮者とオーケストラの方向が完全に一致して自然にできあがったように思えます。シャイーという指揮者はただものではないという印象を強く感じさせる瞬間といいましょうか。コーダにおける金管の咆哮はすざまじく、明るく突き抜けるトランペットの輝かしい響きが耳に残ります。

 第2楽章。冒頭のワーグナー・チューバとヴィオラの一体感が見事です。続く弦楽器は丸くなく角もない理想的な弾き方をしていて、引き締まった響きを醸し出しています。しかも、起伏が大きく、細かいところまで神経の行き届いた演奏です。温かみのある自然なフレージングをもっていながら、頂点に向けては徐々に集中力を高めていき、その盛りあがり方は実に堂に入ったものがあります。とても若い指揮者が最初に取り組んだブルックナー演奏とは思えない落ち着きと貫禄がそこにあります。頂点におけるヴァイオリンによる下降分散和音にはややデコボコしたところがあって硬い印象的を受けるのが残念です。第2主題はよくまとまっていて、とりわけチェロによる対旋律が見事でバランスのよい演奏になっています。冒頭の音楽を繰返す時は最初よりたくましい感じで奏され、ここでも小細工を弄さない自然な歌いぶりに好感が持てます。さらに、全体のバランスがよく取れていて、金管の明るい音が違和感なく聞こえます。このあたりは、音楽が細かく分断されていて断続的なクレッシェンドを繰返すという表現の難しい個所ですが、シャイーは音楽を停滞させることなく、金管の壮大なファンファーレまで流れるように進めます。ここの金管は見事ですが、とりわけそのアウフタクトの音を少し長めに吹かせることで音の幅と奥行きを持たせることに成功しています。まさに老練な業師を思わせるところです。第2主題の再現で弦楽器が複雑にからむところでも潤いのある音色とバランスを失うことはなく、途中音階をゆっくり駆け上がるヴァイオリンの熱っぽい弾き方にも耳を奪われます。音楽はそのまま第1主題の再々現部へと自然になだれ込みます。ここでは厳しさはないものの、熱気溢れる旋律部にヴァイオリンの6連符が軽やかにからみます。この6連符は途中からスラーを付けずに弾いていますが、上がりつつあるテンポによく合っていて違和感がありません。金管は常に最適なバランスを保ち、決して突出したり弦楽器をかき消したりすることもありません。盛りあがっていって頂点の直前でかけられるリテヌートが実に効果的で、雄弁なティンパニと共にスケールの大きなクライマックスを作り上げます。音楽がおさまった後のワーグナー・チューバの温かみのあるコラールがこれまでの積み上げてきた音楽にピッタリ合っています。ホルンの息の長い咆哮も見事で、最後の音の絶妙なディミュニエンドのおまけがつきます。続くフルートの陰翳のある歌いまわし、ヴァイオリンの端正な弾き方とこの楽章の最後を飾るに相応しい世界が創出されます。ヴァイオリンに呼応してフルートが最後に歌うモノローグは極めて細かな表情付けがされていて、考え抜かれた演奏になっています。名演です。

 第3楽章。テヌート気味に吹かれるトランペットに溌剌とした弦楽器、絶妙なティンパニとバランスのよい金管群、すべてが見事に組み合わさっています。木管と金管のアンサンブルもよくかみ合っています。実にカラフルですべての音があるべきバランスで鳴り響く理想的な演奏です。難を言えば、金管の伸ばす音が減衰しないために若干重くなる傾向にあるということと、それぞれのパートの音色に魅力が今ひとつ欠けることでしょうか。それと、最後の強奏における金管の付点音符の吹き方にやや違和感があり、単調に聞こえます。トリオはじっくりと細かな表情をつけながら奏されます。ヴァイオリンにからむ木管、金管、チェロのそれぞれが主張を持った演奏を聞かせてくれます。最後はバランスのよいスケールの大きな頂点を築きます。第4楽章は落ち着いた表情とテンポで開始されます。クラリネットとフルートの音に距離感があるように録音されているのが気になりますが、全体的には端正にまとめられています。第2主題もゆったり進められ、緊張感はあまり感じられません。木管がややセンスの欠く吹き方をしています。第3主題におけるブラスは立派ですが、終始落ち着きすぎているところに物足りなさを覚えます。展開部の各フレーズはどれも理想的で、弦楽器による跳躍する第1主題の完璧な音程、金管のコラールにおける細やかな表現と強奏におけるきっぱりとしたメリハリのあるサウンド、とすべてが快適なテンポ感の中で鳴り渡ります。欲を言えば音楽にもう少し動きがほしい気がします。コーダに向けての勇壮なブラスは、やや明るい音色ながらテンポを上げながらクライマックスを作り上げます。途中、弦楽器と木管の旋律を受け継ぐトランペットの見事さは呆れるばかりで、それに続くトゥッテイも決して濁ることがありません。シャイーは最後のひとくさりに突入する前に一瞬、間を取っていますが、ヴァイオリンのトレモロがどのパートより早く弾き出すところが言葉を失う程の効果を上げています。最後はゆったりとしたテンポで奏され、トランペットの朗々と鳴り響く中を堂々と締めくくります。恐るべき演奏です。

                                 2000年6月現在


Copyright (C) Libraria Musica. All rights reserved.