曲解説(抜粋)

    

 この曲を作曲するにあたり、チャイコフスキーは『白鳥の湖』の作曲の際の苦い経験を避けようと監督官フセヴォロジュスキーに対して詳細な台本を要求しました。これに対しプティパは、台本部分は黒インク、作曲の指示は赤インクを使って書かれた(拍子、速度、小節数、表情にまで及ぶ)入念を極めた作曲注文書を作成しています。つまり、この曲は完全なる描写音楽であり、すべてのフレーズや和音が舞台における何らかの情景や動きを意味しているということです。この曲を演奏するには、まずどの場面であるか、そこで何が演じられているかを正確に理解することが極めて重要なことになります。


1. Introduction(序奏):アレグロ・ヴィーヴォ4/4の全合奏による激しい主題は邪悪な妖精カラボス、アンダンティーノ6/8で軽快にフルートとコールアングレが善良なリラの精の主題を奏します。この2つの主題は全曲を通じて繰り返し現われ、善と悪の戦いを描きます。


2. Pas de Six − Variation 6 La Fee des Lilas(No.3 パ・ド・シスからバリアシオン6 リラの精):フロレスタン王のもとに生まれたオーロラ姫の命名式に招待された妖精たちの踊り。妖精たちはオーロラ姫のゆりかごに近づいて出産の贈り物(優しさ、気品、食物、雄弁、元気など)を捧げます。6番目の踊られるこの曲はリラの精のワルツで「知恵」を授けます。リラ(ライラック)の木の下に赤ん坊を置くと利口な子になるという言い伝えがロシアにあります。1拍目に打ち込むティンパニとそれを装飾するサイド・ドラムが重要な役を担っています。


3. Finale(No.4 フィナーレ):パ・ド・シスが終わり、クラリネットが長閑な旋律を吹き始めたかと思うと、アレグロ・ヴィーヴォで雷が轟き場内は騒然となります。無気味な暗がりがあたりを閉ざすと、弦楽器の速いパッセージに乗って怪しい集団が城内をわがもの顔に徘徊します。序奏で現われたカラボスの主題が先程とは雰囲気を変えたクラリネットでけたたましく奏されます。せむしで意地の悪い老婆の妖精カラボスは鼠の引く馬車に乗って場内に闖入、オーロラ姫の命名式に招待されなかったことで怒を顕わにします。王と王妃は非礼を詫びますが、カラボスの怒りはおさまりません。招待リストをまとめた式武官カタラビュトの頭髪を魔法で引き抜き、さらにオーロラ姫への贈り物を授けることを宣言します。

 妖精たちはカラボスの目論見を阻止しようとカラボスを囲みますが(アンダンティーノによる木管の3連符)、アレグロ・ヴィーヴォで再度カラボスの主題が現われ妖精たちを蹴散らします。次いでフルートとピッコロが16分音符のスタカートを奏し、ここでカラボスは「姫は成人した後、針のように尖ったもので指を刺し、命を落とす」と呪いをかけます。アレグロ・リゾルート3/4(176)の激烈な音楽は王と王妃の恐怖と高笑いするカラボスを描写し、彼らのグロテスクな踊りは頂点を迎えます。

 とその時、ハープのグリッサンドによってリラの精の主題が導かれ(アンダンテ6/8)、リラの精がカラボスの前に立ちはだかります。リラの精は魔法の杖でカラボスら鼠たちを追い払い、姫は眠りおちいってもそれは「死」ではなく、王子のくちづけによって蘇り、永遠の幸福に恵まれるということを伝えます。音楽はカラボスの主題が徐々に変形しながら次第に明るさを帯び、そのクライマックスで低音楽器による堂々とした上降分散和音においてカラボスの主題はその形跡を失います。次いでリラの精の主題が力強く奏され、一同リラの精に感謝してプロローグは幕となります。

 この曲は、決められた台本、カラボスの出現、王と王妃の嘆願、カタラビュトの後悔、妖精たちの哀願、呪詛、宮殿内の狼狽、リラの精による救済などに従って緊張を高めていくと同時に善と悪の葛藤を音楽的に表現するという極めて高度な内容を含む交響的作品に仕上がっていることに留意して演奏しなくてはなりません。とりわけ大詰めにおけるカラボスとリラの精との争いは、9年前にフランス国歌とロシア聖歌の相克を描いたチャイコフスキーの大序曲『1812』と合い通じるものがあります。


4. Valse(No.6 ワルツ):『花輪のワルツ』として親しまれている名曲中の名曲。この曲を楽しみにしているお客さんは大勢いますし、曲の出だしを聞いて「あっ、この曲知っている!」と思うお客さんもいるはずです。第1幕はプロローグから16年がたち、今日は乙女に成人したオーロラ姫が誕生日、招待された村人たちが彼女を祝福する踊りを見せる場面です。このワルツはアーチ形に飾った花輪を手に持って、その輪をくぐり抜けたり、輪を重ねたりしながら大勢で踊るものです。温かみと寛いだ気分が漂う作品で、これから起こる悲劇を引き立てるには十分な華やかさがあります。


5. Pas d'Action − (a) Adagio(No.8 パ・ダクシオンからアダージョ):『バラのアダージ』という名でバレエ・ファンにとっては「超」の字がつく名場面。オーロラ姫が踊るこの曲最大の見せ場のひとつであり、音楽と振り付けの両面でバレエ史上でもその芸術性と技巧の高さ、優美さにおいてこれを凌ぐ作品はないと言っても過言ではない作品です。オーロラ姫の誕生日には、スペイン、イギリス、イタリア、インドから4人の王子が婚約の申し込みにやってきています。この曲ではオーロラ姫が4人の王子に支えられてポアントを主体とした緩やかな踊りを見せます。ハープの長いカデンツァの後、弦楽器による優美なアダージョ・マエストーソ12/8が演奏されます。繰り返される7連符のスケールではオーロラ姫が可憐なトゥールを見せてくれます。4人の王子たちがこの間バラの花を1輪ずつ姫に捧げることからこの曲名がついています。しかし、彼女はまだ結婚には興味はなく自由な生活を楽しみたいと思っています。まだ女性としての魅力を発散させるには至らない、快活で幸福感に満ちた乙女が演じられるのです。ピウ・モッソしてからテンポI(48)に戻ったところでのTbV,Tu,Vc,Cbによる16分音符、クライマックス(64から)におけるPistoniの輝かしい響き、(65,67)でのヴァイオリンのスケールはオーケストラの聴かせどころです。


6. Pas de deux (Aurore et Desire) − (b)Adagio(No.28 オーロラ姫とデジーレ王子のパ・ド・ドゥからアダージョ):「バラのアダージョ」の後、オーロラ姫は老婆に変装したカラボスからもらった針で指を刺して意識を失います。リラの精は魔法によって彼女だけでなく城内のすべてを眠りにつかせてしまいます。それから100年の歳月が流れて第2幕が始まり、森に狩にきたデジーレ王子はリラの精に出会います。リラの精はデジーレ王子にオーロラ姫の幻影を見せると彼は姫の美しさに恍惚とします。この曲は第3幕から持ってきましたが、理由は2つあります。@第2幕で二人が出会う場面の音楽がインパクトに欠ける。A第2幕で終わりとする今回のプログラムでは、本来は結ばれる2人のシーンがない。そこで、第3幕の結婚式から有名な二人のパ・ド・ドゥを持ってきたのです。全曲を通じて「ばらのアダージョ」と並ぶ名場面だけでなくバレエ史上最も優れたパ・ド・ドゥのひとつとしても有名です。今度はすでに女として成熟したオーロラ姫がデジーレ王子に支えられて恋の開花を美しく舞い上げます。オーボエによる夢見るような旋律を軸にチャイコフスキーの腕によりをかけた最高のオーケストレーションが展開されます。(38)からのポコ・ピウ・モッソにおける弦楽器の力強いスケールにおけるオーロラ姫の華麗でスピード感あふれるトゥールはバレエ・ファンの目を釘付けにしてしまいます。最後はトランペットが高らかに二人の愛と幸福を歌い上げます。


7. Panorama(No.17 パノラマ):王子がリラの精が繰り出すゴンドラに乗ってオーロラ姫が眠る城に出かける道行の音楽です。鏡のように滑らかな水面に光が輝くように、チャイコフスキー特有の16分音符の連続が木管などによって奏される中をヴァイオリンが甘美な旋律を奏でます。柔らかな幸福感と明るい希望に満ちた幻想的な曲です。


8. Entr'acte Symphonique et scene(No.19 交響的間奏曲と情景):舞台は蜘蛛の巣の張りめぐらされた城の一室、オーロラ姫が眠るベッドの周りには国王、王妃、延臣たちが眠っています。弦楽器がカラボスの主題をミュート付で演奏、この城がカラボスによって支配されていることを暗示します。そこへリラの精を伴って王子が登場、同じくミュート付のトランペットがリラの精の主題を奏します。やがて木管による下降する和声音階が反復されて霧が晴れてくる様を描写します。急迫するアレグロ・ヴィヴァーチェ(100)で王子はリラの精に促されて、眠れる姫のベッドに近づき口づけをします。すると雷鳴が轟き(143タムタムの一撃)、姫と王国は生気を取り戻します。(1月19日カットに決定)


9. Final(No.20 フィナーレ):眠っていた人々は目をさまし、国王と王妃は呪文を解いたデジーレ王子の勇気をたたえ、彼の手にオーロラ姫を与えます。「魔法からの解放」と「よみがえり」を描写するこの音楽は変ホ長調の明るい喜びと祝いの雰囲気に満ちています。



Copyright (C) Libraria Musica. All rights reserved.