チャイコフスキー:幻想的序曲『ロメオとジュリエット』

チャイコフスキー(1840〜1893)

 この曲はチャイコフスキー29歳の時の作品で、音学院を卒業してわずか4年後に書かれたものです。作曲家で『ロシア5人組』のひとりであるバラキレフの勧めに従い、シェイクスピアの『ロメオとジュリエット』を題材とした管弦楽曲の作曲に取りかかったことはよく知られています。のちに2回手を加えていますが、この時期の作品では最も演奏される機会の多い名曲となっています。

 では何故シェイクスピアだったのでしょうか、ある歴史上の出来事がその答えを示唆しています。その前年の1868年に、かの『幻想交響曲』の作曲家ベルリオーズがモスクワで2回の演奏会を開き、自作の劇的交響曲『ロメオとジュリエット』と『レクイエム』の抜粋を指揮したことが記録に残っています。また、レセプションがベルリオーズに対して催され、チャイコフスキー自ら客人の案内役を勤め、フランス語で称賛のスピーチを贈ったとされています。もちろん、バラキレフやチャイコフキーはその演奏会で『ロメオ・・』を聴いたことでしょう。

 その頃のベルリオーズは既に作曲のペンは折り、自作の演奏旅行に専念していました。また、若い頃シェイクスピア女優との大恋愛で名を馳せたベルリオーズは、晩年ますますシェイクスピアへ傾倒し、ロシアのヘレナ大公の前で『ハムレット』を朗読するなど、シェイクスピアの信奉者、使徒としてヨーロッパ各地にその偉大さを伝導し続けたとされています。

 おそらくモスクワでのベルリオーズは、大作曲家を前にして畏敬と感動で頬を紅潮させたロシアの若き音楽家たちに対して、いつものシェイクスピア賛の一大演説をぶったことでしょう。これから作曲家として羽ばたこうとしていたチャイコフスキーのからだの何処かに灯がともったことは容易に想像がつきます。 なお、チャイコフスキーはこの曲以外にシェイクスピアの劇を題材として幻想曲『テンペスト』、幻想的序曲『ハムレット』を作曲しています。


 曲はシェイクスピアの原作から主に3つのテーマに絞って書かれています。

1.ローレンス修道士を表す宗教的で荘厳な序奏部。
2.モンタギュー家とキュピレット家の争いを描写する第一主題。
3.バルコニーのシーンに代表されるロメオとジュリエットの愛の場面を美しくまた悲しく歌う第二主題。


標題音楽でありながらソナタ形式を取っていて、構成面でもひきしまった作品になっています。


団員の皆様へ

  『ロメオとジュリエット』に関するたいへん面白い本を見つけましたのでご紹介します。CDが付いていて、トラック及びインデックスNo.とタイムを示しながら曲の解説をするという何ともマニアックな本です。ちなみにCDの演奏はデュトワ指揮モントリオールsoで交響曲第5番がメインとなっています。曲の解釈は我々の演奏と異なる部分もありますが、曲の理解の一助となると思いますので訳すことにしました。専門用語に疎いので誤訳もありますがその節はご容赦ください。なお文中若干の補足をしています。


Pyotr Ilich Tchaikovsky Play by Play Analytically Indexed Integrated Book and Audio CD
Program by Alan Rich HaperCollinsSanFrancisco 1995

(数字は練習番号で、+−はそこからの小節数)

冒頭 ClとFgによる荘厳な和音はローレンス修道士(ロメオとジュリエットの良き理解者で2人の結婚式を挙げた)を表わす。尚、このテーマを『運命のおもに(重荷)』とする音楽学者もいる。この聖歌を思わせる和音はのちの交響曲第5番の第2楽章の冒頭を予感させる。

1-1 (練習番号1番の1小節前という意味) 弦が初めて登場ところは、ゆっくりした対位法で書かれていて15世紀初頭の礼拝(祈祷)作法とも言える。もっとも、ため息をつくような不協和音はロシア-ロマン派そのものであるが。

2 ゆるやかなcresc.を伴うFlのミステリアスな響きに、

3 Hpが悲しげに答える。

A 弦のピチカートは神経質な足音思わせ、続く木管によるローレンス修道士のテーマは危急を帯びてくる。 ここまで音楽は神経の最も昂った状態にあり、何か良からぬ事が起こることを聴き手に暗示させる。

4 再び、弦による対位法的なパッセージが繰り返されて、Hpの悲しみに満ちた和音を導く。

6−2 最後のHpにTimが脅すように重なってくる。

6 再び対位旋律が聴かれ、次第に速度と緊張感を高めていき、

7 カデンツに到達したかに見えたが、また元に戻って仕切りなおし。

8−1 ところが直ぐに中断。

8 まさにハラハラさせる瞬間、管と弦のミステリアスな和音が交互に繰り返されて、突然、バン! 戦いのテーマとなる。キャプレット家とモンティッキ家の争いが美しいヴェローナの街で繰り広げられる。

D+5 再び戦いのテーマが現れるが、今度は低弦と木管がエコーのようにずれて奏され、Vnも1stと2ndが交互に掛け合いとなっており、両家の争いをオーケストラでも表現している。  

9 木管と弦の鋭い音の掛け合いは決闘状(あるいは剣)を互いに叩きつける様子を表わしている。

E 弦による荒れ狂った動きに乗せて、管が無愛想な和音を変拍子で刺すように鳴らす。(この曲の最後4小節の変拍子に注目)

10 再度戦いのテーマが今度は全奏で現れる。音楽がおさまると、ジュリエットのバルコニーのシーンとなる。

G 黄昏を思わせる(又は物憂げな)E-Hrの牧歌的な調べは、愛のテーマとして最も知られており、ミュート付きのVaと静かなHrの和音を後光のように従えて奏される。これはロメオのテーマで、燃えるような愛、夢うつつな感情が込められている。

12 この愛に答えるジュリエットのテーマはミュート付きの4声のVnによって、ためらいがちに奏され、しなやかなハーモニーが築かれる。

13 愛し合う2人のからだが触れ合う時、この2つのテーマも合わさる。ロメオのテ―マはFl,Obにより高らかに歌われ、ジュリエットのはミュート付きのVnによるシルキー・トーンで両者が同時に奏される。音楽は少しずつボリュームと密度を増していき、

15 ついにその心打つメロディーは崩れるばかりの美しさをたたえる。

J Hpが和音を奏でる間、2人は甘くそして辛い別れを惜しむ。

K 夢はここまで。所はヴェローナの昼下がり、両家の戦いは再び火を吹く。

17−5 弦の荒々しい動きの中から、Hrがローレンス修道士のテーマを奏する。このテーマの断片は渦巻いて互いに結びつき、次第に険悪な雰囲気になっていく。

N ここで戦いは頂点に達し、

N+5 Tpがローレンス修道士のテーマを高らかに吹き鳴らす。あたかも神の仲裁を祈願するかのように。

19 戦いのテーマはここで再びオリジナルのかたちて現れ、シンバルとバスドラムが加わって音の厚みを一層増した後ひとまず終止符を打つ。

P+4 Vnによる戦いのエコーをバックに暫くの間ジュリエットの愛のテーマが不安げに奏される。

Q+3 弦がロメオのテーマを絶叫する。木管は昂る鼓動を、金管はその大音響ですべてを包み込む。次いでオーケストラはあたかも爪先立って歩くように演奏し、徐々に音の厚みと緊迫感を増していく。

21 最初のクライマックスはロメオとジュリエットの愛のテーマが同時に奏される。(ジュリエットのテーマはHrのみ)

23 2回目のクライマックスを迎えると愛のテーマは

23+6 戦いのエコーに取って代わられ、弦による激しいパッセージが続く。

S+4 しかしここにくると、次第におさまるようになり、

25 ついに舞台には誰もいなくなる。

U TimがTuの低い持続音にのせて陰鬱な(又は葬送を思わせる)鼓動を叩き、Vnはロメオのテーマの断片を悲しげに歌う。

26 木管とHrは曲の冒頭に現れたローレンス修道士のテーマの断片を奏するが、途中でジュリエットのテーマに変わっていく。

27−2 メランコリーなHpの和音に乗って、ロメオのテーマが再び弦により歌われるが、これまでにない悲しみをたたえている。

End−4 最後の和音の不規則な連続は、最初の戦いの場面で管により奏されたもの(練習番号O)に共通する変拍子で、両家の戦いはこの後も続くことを聴き手に暗示している。                        1997.3.25  

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***** 余 祿 *****

 『ロメジェリ』に関わるオペラはおよそ30曲程作曲されているそうで、最初のはフリードリッヒ大王に仕えたチェコの作曲家ベンダ弟で、ジュリエットはロメオの自殺の前に目をさましてハッピーエンドとなるものを残しています(1776)。オペラ以外でもありますので以下に代表的な曲を掲げます。何曲知っていますか? 機会がありましたら是非聴いてみてください。


1825 ヴァッカイ 歌劇『ロメオとジュリエット』
1839 ベルリオーズ 劇的交響曲『ロメオとジュリエット』
1830 ベルリーニ 歌劇『カプレーティとモンティッキ』
1867 グノー 歌劇『ロメオとジュリエット』
1869 チャイコフスキー 幻想序曲『ロメオとジュリエット』
1893 チャイコフスキー 歌劇『ロメオとジュリエット』二重唱 (タニュエフ補筆)
1901 ディーリアス 歌劇『村のロメオとジェリエット』
1922 ザンドナイ 歌劇『ジュリエッタとロメオ』
1925 ランバート バレエ『ロメオとジュリエット』
1936 プロコフィエフ バレエ『ロメオとジュリエット』
1942 ズーターマイヤー 歌劇『ロメオとジュリエット』
1956 カバレフスキー 劇付随音楽『ロメオとジュリエット』
1957 バーンスタイン 『ウエストサイドストーリー』
1968 ニーノ・ロータ 映画音楽『ロメオとジュリエット』


ベルリーニの歌劇『カプレーティとモンティッキ』補足

 この作品が初演されてから現在まで、ベルリーニとその台本を書いたロマーニに対して、偉大なるシェイクスピアの作品を歪めているとの批判がなされてきました。とりわけ、その幕切れにおけるロメオとジュリエットの死に方がシェイクスピアのそれと異なることが最大の非難の対象でした。
 しかし、当時両者共シェイクスピアの作品を知らなかったとの見解があります。このオペラがかかれた1830年までに、シェイクスピアの劇がアルプスを越えたのはごくわずかだったからです。1847年に書かれたヴェルディのオペラ『マクベス』でようやく本物のシェイクスピアの舞台に基づく作品が出現したのです。
 では、ベルリーニとロマーニは何に基づいてこの作品に取り組んだのでしょう。ロマーニ夫人が夫の死後出版した本の中で、ロマーニが1554年にバンデロがまとめた Le novelle の中にある短編からセリフを引用したとの記述があります。この16世紀に書かれた『ロメオとジュリエット』はシェイクスピアも霊感を得たともいわれていますが、同時期にいくつかの『ロメオとジュリエット』をテーマとした物語が存在していたのです。すなわち当時の『ロメオとジュリエット』はシェイクスピアのものがすべてではなかったのです。


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