オネーギンの音楽について



 チャイコフスキーのオペラでは、ワーグナーの登場人物と直接結びついているライト・モティーフと異なり、主題的素材は常に感情と関連づけられているとされています。この『オネーギン』では、「愛の主題」、「四音のモティーフ」、「宿命の予感のモティーフ」、「宿命への服従のモティーフ」、「乳母の旋律」、「あきらめの小フレーズ」などといった旋律的素材からなっています。
もうひとつの特徴は、特定の調性が特定の感情や人物と結びついていて、オペラ全体を通じて綿密に計算されて配置されているということです。


I. 旋律的主題

■ 「愛の主題」 : このオペラで、もっとも重要で印象的なのがタチャーナの「愛の主題」です。これは『手紙のシーン』で有名な第1幕第2場全体で展開されます。

              



@ タチャーナが乳母に向かって、自分は病気でなく、心の悩みに苦しんでいると思わず喋ってしまう時にこの主題が突然入ってきます。
A その悩みが恋であると告白する時。
B ひとりになって、手紙を書こうとする『手紙のシーン』の導入部分。
C 手紙を書き終わり、タチャーナがカーテンを開けて、自分の内面的な悩みと対照的にまさに夜が明けようとする外界の静けさに感動する場面。
D 第2場のコーダにおいて、自分のオネーギンに対する一途な感情を告白せざるを得ない気持ちに思いをめぐらす時。しかし、オネーギンの拒絶によって打ち砕かれます。この後、第2幕では全く姿を現わしません。
E 第3幕、きらびやかな舞踏会で、グレーミン侯爵がタチャーナにオネーギンを紹介する時。かつて彼女を苦しめた男の出現によって、昔の感情が蘇ってきます。


■ 「四音のモティーフ」 : オペラのあらゆる部分に潜んでいて、音楽の様式的な統合を確立する上で、重要な役割を担っています。アリアにおけるフレーズのカデンツを形成したり、フレーズの繋ぎ部分に使われたりします。






■ 「宿命の予感のモティーフ」 : 多くの解説者によってビゼーの『カルメン』との関連を指摘されているものです。これと「宿命への服従のモティーフ」とは、オペラ全体に有機的に配置されていて、音楽的な劇作法を支える上で重要な役割を果たしています。「宿命の予感のモティーフ」は、半音階的に進行する下降音階です。第1幕第1場において頻繁に現われます。第2幕で出てこないのは、このモティーフがタチャーナの宿命に関係するものであり、第2幕はオリガをめぐるレンスキーとオネーギンのいさかいを中心にしているからです。第3幕では、第2場において断片的に使用されます。これは、タチャーナがオネーギンから書付を受け取って少女時代を思い出す一瞬の心の乱れにおいてです。しかし、これはすぐに打ち消されてしまいます。


 
 

■ 「宿命への服従のモティーフ」 : 音階の第3音(中音)から第5音(属音)へ下降する6音音型です。このモティーフが初めて出てくるのは、第1幕第2場の『手紙のシーン』(126小節)ですが、まだその「兆し」としての完全な形ではありません。


 

完全に現われるのはその後、182小節でオーボエによって奏されます。また、第2幕の間奏曲にも出てきます。これは、タチャーナと関係が薄い第2幕が始まる前に、タチャーナの運命がすでに定まっていることを暗示しています。第3幕では多少変形されていますが終始繰り返し現われます。


 
 


■ 「乳母の旋律」 : このオペラで唯一、登場人物と直接結びついているものです。乳母が現われる時にいつも奏され、彼女のロシア的な素朴な性格を描いています。


 
 

■ 「あきらめの小フレーズ」 : これはオペラの冒頭での四重唱で自分の幸せを回想すると時に現われ、小説に夢中になっているタチャーナを観察する時にも再現されます。現実の習慣に身を任せる年配者の落ち着いた考え方と結びついています。


 


U. 調性

 このオペラでは、歌詞との対応や背後にある心理描写と関連して、調性が規則正しく変化していきます。各調性には次のような関連が見られます。

ホ短調 : 「悲運の恋」
ホ長調 : 「恋の幸せ」
ニ短調 : 「恋の動揺や不安」
変ロ長調 : ラーリン家の人々
ト短調 : 同上
変ニ長調 : タチャーナ



V. 『手紙のシーン』

 チャイコフスキーがこのオペラを『手紙のシーン』から作曲したことはよく知られています。彼がプーシキンの作品を読んでもっとも感動し、オペラ化するにあたって音楽的クライマックスをここに置いたこと如実に示しています。さらに、オペラ全体がここに縮図のように凝縮されていることは、これまで述べた旋律的素材と調性の配置を見るとよくわかります。この場面は、オネーギンに一目惚れしたタチャーナがオネーギンに対する想いを手紙にしたためるところです。構造としては、導入部と4つの部分からなり、タチャーナの感情の推移に添って旋律的素材が巧みに配置されていることがわかります。


          
分類 名称 練習番号小節数 音楽表記 旋律的素材 パート 調性
導入部 . . Andante con moto 「愛の主題」 ヴァイオリン T ホ長調
. 推移部 7 Allegro moderato . 管弦楽 変ニ長調
第1部 第1節 Allegro non troppo 恋の旋律 変ニ長調
. 第2節 24 . 恋の旋律 変ニ長調
. 推移部 Andante 「宿命の予感のモティーフ」 ヴァイオリン T 嬰ハ短調
第2部 前奏 Moderato assai quasi Andante 手紙の旋律 オーボエなど ニ短調
. 第1節 56 . 手紙の旋律 オーボエなど ニ短調
. 中間部 72 Adagio ためらいのモティーフ ヴァイオリン T ハ長調
. 第2節 H Moderato assai quasi Andante 手紙の旋律 オーボエなど ニ短調
. 第3節 89 . 手紙の旋律 オーボエなど ニ短調
第3部 第1節 102 Moderato 「宿命への服従のモティーフ」の兆し ハ長調
. 中間部 K Moderato 「宿命への服従のモティーフ」の兆し 変ト長調
. 第2節 L Moderato(come sopra) 「宿命への服従のモティーフ」の兆し ハ長調
第4部 第1節 182 Andante 「宿命への服従のモティーフ」 オーボエ、ホルンと歌 変ニ長調
. 中間部 M Molto piu mosso 「宿命の予感のモティーフ」 ヘ短調
. 第2節 241 Tempo I 「宿命への服従のモティーフ」 歌、弦楽器 変ニ長調
. . N Tempo I 「宿命への服従のモティーフ」 管弦楽 変ニ長調
コーダ . . . . 管弦楽 イ長調
. . . . . (終止は 変ニ長調)

 
《 恋の旋律 》

  
《 予感のモティーフ 》


《 手紙の旋律 》


《 ためらいのモティーフ 》


《 予感のモティーフ 》