シューマン:ピアノ協奏曲イ短調 作品54

ロベルト・シューマン(1810〜1856)  シューマン夫妻  クララ・シューマン(1819〜1896) 


 皆さんは"音楽の隠し文字"をご存知ですか?音(ドレミ・・・)にはそれぞれアルファベットでドレミファソラシの順にCDEFGAH(Bはシb)という音名がつけられています。例えば、バッハを研究して主題に"BACH"を用いたオルガン曲や、アベッグ嬢にヒントを得たABEGG変奏曲など、音名を使って音楽で文字メッセージを残す音楽遊びの技法です。シューマンはこの技法を用いて、数多くの作品を残しています。本日お聴き頂く「ピアノ協奏曲」もその一例と考えられています。

 第1楽章は、シューマンがクララと結婚した翌年の1841年に作曲されました。この二人の出会いは、シューマンが18歳の時、ピアノの師ヴィークのもとに通い始めた頃です。クララは師ヴィークの娘で当時9歳にして既に天才として名の通ったピアニストでした。その後、彼はピアニストになるべく、必死に練習をするのですが、23歳の時、無理な練習のため中指を痛めてしまい、ピアニストを断念しなくてはならなくなります。この苦しい時期をクララの支えで乗り切り、作曲家に転向したシューマンはやがて、クララが18歳の時に婚約を結ぶことになります。しかし、クララの父、そしてシューマンの師でもあるヴィークが、結婚に猛反対し、仲を引き裂こうとクララを遠くへ遣り、連絡を一切禁じてしまいます。2年後、遂に裁判沙汰にまでなってしまうのですが、1840年、シューマン30歳、クララ20歳の時、様々な障害を乗り越え二人は結婚します。

 翌41年、長女誕生というまさに喜びと幸せのさなかに、彼は愛するクララのために「ピアノと管弦楽のための幻想曲」を作曲します。この曲は出版社とのトラブルのため出版されませんでしたが、4年後、親友メンデルスゾーンのピアノ協奏曲に感銘をうけた彼は、この幻想曲に手を加え、さらに2・3楽章を書いて「ピアノ協奏曲イ短調」としてまとめあげました。

 クララは曲が完成したその日の日記に、「私は長い間、彼の華麗なピアノ協奏曲を待ち望んでいました。この曲をオーケストラと演奏することを思うと私は女王様のように幸せです。」と書き残しています。初演は指揮はメンデルスゾーン、ソロはクララで行われ、結果は大成功でした。

 さてこの曲に隠されたメッセージですが、誰に託されたかはお分かりでしょう。愛する人に宛てるメッセージは愛情と優しさに溢れた第1楽章の第1主題の中にほかの人には分からないように隠されています。シューマンの音楽評論の本でのクララのコードネーム"Chiara"から<音名>を拾う、すると"CHAA"、<ドシララ>となります。曲の冒頭、ピアノの鮮烈な序奏の直後の優美な木管楽器の主題に登場します。この動機は第1楽章の中で優しく話しかけているかのように何度も使われているのです。また、こよなく優しい第2楽章から輝かしい第3楽章の移行部でも(2・3楽章は切れ目なく演奏されます)再びこの「呼びかけ」が聞こえてきます。出会いから10年余り、様々な試練を共に乗り越えてきたクララへの愛しさ、やっとつかんだ幸せへの喜びがシューマンの最も愛した楽器ピアノによって繊細にかつ活き活きと歌われます。シューマン
のクララへの愛の深さ、喜びの大きさを肌で感じ取って頂ければ幸いです。

(CL 宮野谷)

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