プロコフィエフ : バレエ音楽『ロメオとジュリエット』抜粋

シェイクスピア  ロメオとジュリエット  ロメオとジュリエット  プロコフィエフ


 プロコフィエフ(1891〜1953)の生涯は遍歴に満ちていました。貴族ではないものの、比較的裕福な家庭に生まれ、幼少の頃から音楽の勉強を開始した彼は、ペテルブルグ音楽院在学中から母親に連れられてヨーロッパの西欧の街まちを訪問し、その後も、たび重なる戦争の合間を縫うようにして西欧諸国やアメリカを訪れているのです。

 こうした経験の中で、彼は当時パリで「春の祭典」や「ペトローシュカ」「ダフニスとクロエ」など斬新なバレエ作品を上演していたディアギレフのバレエ・リュスと出会い、バレエ音楽を手がけるようになったのでした。

 しかし、「ロメオとジュリエット」に関していえば、ディアギレフのような革新的なバレエ・プロデューサーとの出会いは、彼にとって不幸の元だったと言えるかもしれません。何故ならば、彼がこの作品を作曲し、上演しようとした時、ディアギレフはすでにこの世を去っており、保守的なソビエトのバレエ団からは、「この曲は『バレエに不向きな音楽』で『踊ることは不可能』である」と拒否されてしまったからです。プリマ・バレリーナには、シェイクスピアの「ロメオとジュリエットの物語ほどの悲劇はない」をもじって、「プロコフィエフの『ロメオとジュリエット』の音楽ほどの悲劇はない」などと言われる始末でした。

 しかしこれは、ケネス・マクミランに代表される、ダイナミックでアクロバティックな現代の振り付けを見ると、無理からぬことと納得できます。優雅なパ(ステップ)やピルエット(回転)・パントマイムだけで構成されていたロシアの古典的な振付では、プロコフィエフの音楽を持て余したことは容易に想像がつくからです。ディアギレフさえ健在であったら、バレエ・リュスで上演してもらえたら、とプロコフィエフは思ったことでしょう。

 また、あろうことか、最初の台本ではジュリエットは間一髪ロメオの自殺の前に目をさまし、めでたしめでたしのハッピーエンドになっていたといいます。これは「社会主義に悲劇はない」ということから徹底して悲劇が排除されていた、当時のソビエトのイデオロギーに迎合せざるを得なかった事情によるものかもしれません。さすがにこれは「おかしい」ということで、プロコフィエフは急遽ラストを原作通りの悲劇に書き換えたのでした。(そう思って聞いて見ると最後の「ジュリエットの死」が悲劇の幕切れにしては妙に明るいハ長調で始まっているのに気が付きます)が、こうした手直しにもかかわらず、公演の予定は破棄されてしまったのでした。

 結局、紆余曲折の末にこのバレエが初演されたのは、5年も経ってからでした。それまでの間に、この音楽がお蔵入りになってしまうのを恐れたプロコフィエフは、3つの交響組曲として抜粋、編曲したのでした。

 全曲版のスコアのほうは、やっとこぎつけた初演の際に、振付師の要求で曲順やオーケストレーションが改ざんされるなど、さんざんな目にあっています(ボリショイでは打楽器奏者による改編版が長らく使われ、原典が復活したのは1986年のロイヤルバレエだった、という説もあります)。何とか祖国で認められたい、と心をくだいたプロコフィエフではあっても、さすがにこれは承服し難いものであったらしく、後に「全曲版のオーケストレーションを組曲版に準じて手直しすること」などというメモを残しています。

 音楽的にはこの「ロメオとジュリエット」は、ワーグナーの「ライトモティーフ」やベルリオーズの「イデーフィクス」にも似た、特定の人物や感情を暗示するテーマの組み合わせで構成されています。衝撃的な不協和音の使い方など、一見現代的ですが、微妙に推移する調性感の中で歌われる旋律は、むしろ保守的な流麗なものです。

 今回、立川管弦楽団がとりあげるのは、前奏曲を除くすべてが組曲からの抜粋です。この組曲はチャイコフスキーのバレエ組曲とは違って、単純に全曲版の一部を抜粋したものではなく、全曲版のいくつかのシーンが組み合わせられて一つの曲となっている(それは上記のとおり、お蔵入りしそうなバレエ音楽をバレエ団の公演に頼らない形で公表・演奏できるように、という作曲者の意図によるものでしょう)ので、必ずしもストーリー通りの構成にはなっていません。以下は今回の演奏会でとりあげる曲の簡単な説明です。


ロメオとティボルトの決闘  バルコニー・シーン  ロメオとジュリエット 


前奏曲…全曲版より
文字どおり開幕前に演奏されます。伝統的な序曲の作法にのっとり、主要なモティーフを組み合わせた形になっています。「永遠の愛」のテーマに始まり、ロメオ・ジュリエットそれぞれのテーマが紹介され、これから始まる愛の物語を暗示します。

モンタギュー家とキャピュレット家(前半)…第2組曲より
バレエでは1幕の小競り合いの後にヴェローナの大公が「いいかげんにせんか!」と怒るシーン(「大公の宣言」)の音楽ですが、悲劇的な結末を暗示する前奏曲(全曲版では3幕への)でもあります。

メヌエット…第1組曲より
ロメオとジュリエットの出会いの場となるキャピュレット家の舞踏会に、招待客たちが次々と到着するシーン。ジュリエットの婚約者、パリス伯爵も登場します。

少女ジュリエット…第2組曲より
ジュリエット初登場のシーン。自分の部屋で乳母をからかってふざけ踊るジュリエットのもとへ両親が訪れ、パリス伯爵との婚約を告げます。しばらく神妙な様子をするものの、両親が部屋を出ていくとまたおふざけが始まります。ジュリエットはまだ恋を知らない少女なのです。

モンタギュー家とキャピュレット家(後半)…第2組曲より
舞踏会で踊られる貴族たちの踊り。「騎士たちの踊り」また、旧ソ連では「クッションを持つ踊り」などとも呼ばれていました。尊大でもったいぶった雰囲気が、若い恋人達と相容れない古い価値観を表現します。途中でジュリエットが親の決めたいいなずけであるパリス伯爵と踊る、おどおどとした音楽が挿入されます。

ロメオとジュリエット…第1組曲より
「ロメオ様、あなたは何故ロメオなの?」で知られるバルコニーの場です。「舞踏会でほてった体を冷まそうとバルコニーに出て夜風にあたるジュリエットのモノローグ。ふいに暗がりから響くロメオの声に驚きおびえるジュリエット。しかし、すぐに打ち解けて踊り出す二人…」愛のパ・ド・ドウ(2人の踊り)として最も有名なシーンで、しばしば単独でも踊られます。 


   
ティボルトの死…第1組曲より
ロメオの友人マーキュシオとジュリエットの従兄弟ティボルトの争い(はじめはふざけ半分なのが次第にエスカレート)、マーキュシオの死に逆上したロメオとティボルトの戦い、ティボルトの死(15小節にわたる断末魔!)そして愛するものの死を嘆く人々の慟哭のなか、ロメオは追放を宣告されます。ちなみに実際の舞台ではこの戦いのシーンにしばしば鉄製の剣が使われ、剣と剣が激しくぶつかりあう音がまるで打楽器のように効果的に音楽に重なります。

ジュリエットの墓の前のロメオ…第2組曲より
ジュリエットの死が仮のものであることを知らないロメオがこれを嘆き、毒薬を飲んで命を断ちます。狂気を帯びて回想される愛の音楽が悲痛です。

ジュリエットの死…第3組曲より
目覚めたジュリエットがロメオの死を知り、短剣で自らの胸を刺して悲劇は幕を閉じます。明るいハ長調の音楽がこうも悲劇的な響きを放つとは。

  (FL: Miu)

ヴェローナ、ジュリエットの家(バルコニーに注目)  ヴェローナ、ロメオの家  ジュリエットの墓

(ヴェローナの写真は http://www.intesys.it/Tour/Eng/Verona.html から拝借しました)



プロコフィエフ:ロメオとジュリエット 全曲版/組曲版 対応表


第1幕第1場
1. 前奏曲=第3組曲 1a. 泉の前のロメオ
2. ロメオ=第3組曲 1b. 泉の前のロメオ
3. 街の目覚め=第1組曲 2. 街の目覚め
4. 朝の踊り=第3組曲 2. 朝の踊り
5. 喧嘩
6. 決闘=第1組曲 7b. ティボルトの死
7. 大公の宣言=第2組曲 1a. モンターギュ家とキャピレット家
8. 間奏曲

第1幕第2場
9. 舞踏会の準備=第3組曲 4b. 乳母
10. 少女ジュリエット=第2組曲 2a. 少女ジュリエット

11. 客人たちの登場(メヌエット)=第1組曲 4. メヌエット
12. 仮面=第1組曲 5. 仮面

13. 騎士たちの踊り=第2組曲 1b. モンターギュ家とキャピレット家
14. ジュリエットのヴァリオシオン=第3組曲 3a. ジュリエット
15. マーキュシオ
16. マドリガル=第1組曲 3.マドリガル
17. タイボルトはロメオを見つける
18. 客人たちの退場(ガヴォット)
19. バルコニーの情景=第1組曲 6a. ロメオとジュリエット
20. ロメオのヴァリオシオン
21. ロメオとジュリエットの愛の踊り=第1組曲 6b. ロメオとジュリエット

第2幕第1場 . . . . .

22.フォーク・ダンス=第1組曲 1.フォーク・ダンス
23. ロメオとマキューシオ
24. 5組の踊り=第2組曲 4a. 踊り
25. マンドリンを手にした踊り
26. 乳母=第3組曲 4a. 乳母
27. 乳母はロメオにジュリエットの手紙を渡す

第2幕第2場

28. ローレンス僧庵でのロメオ=第2組曲 3. ローレンス僧
29. ローレンス僧庵でのジュリエット

第2幕第3場
30. 民衆のお祭り騒ぎ=第2組曲 4b. 踊り
31. 一段と民衆の祭り気分は盛り上がる
32. タイボルトとマキューシオの出会い
33. タイボルトとマキューシオの決闘=第2組曲 7a. タイボルトの死
34. マキューシオの死
35. ロメオはマキューシオの死の報復を誓う=第1組曲 7c. タイボルトの死
36. 第2幕の終曲=第1組曲 7d. タイボルトの死

第3幕

37. 前奏曲

第3幕第1場
38. ロメオとジュリエット(ジュリエットの寝室)=第2組曲 5a . 別れの前のロメオとジュリエット
39. 別れの前のロメオとジュリエット=第2組曲 5b . 別れの前のロメオとジュリエット
40. 乳母
41. ジュリエットはパリスとの結婚を拒絶する=第2組曲 2b. 少女ジュリエット
42. ジュリエットひとり=第2組曲 5d . 別れの前のロメオとジュリエット
43. 間奏曲=第2組曲 5c. 別れの前のロメオとジュリエット

第3幕第2場
44. ローレンス僧庵にて=第3組曲 3b. ジュリエット
45. 間奏曲

第3幕第3場

46. ジュリエットの寝室
47. シジュリエットひとり
48. 朝のセレナード=第3組曲 5. 朝のセレナード

49. 百合の花を手にした娘達の踊り=第2組曲 6. アンティーユの娘たちの踊り
50. ジュリエットのベッドのそば

第4幕第1場
51. ジュリエットの葬式=第2組曲 7a. ジュリエットの墓の前のロメオ
52. ジュリエットの死=第2組曲 7b. ジュリエットの死
52. ジュリエットの死=第3組曲 6. ジュリエットの死



プロコフィエフ:ロメオとジュリエット CDリスト

 3曲ある組曲版は、全曲版を元に作曲していますが、同じシーンでも細部は異なります。また、いくつかのシーンを切り貼りしたり、編成を変えたり、タイトルを変えたりもしています。CDを聴いて勉強する時は注意が必要です。
 *全曲版/組曲版対応表 参照(曲順も変わっているのがわかります。)

 今回立川管弦楽団で演奏する曲は、第1、第2、第3組曲を主体としていますので、組曲全部入ったものか、抜粋盤がいいと思います。しかし、すべての曲を含むCDは残念ながらありません。前奏曲だけが全曲版なのでこの曲だけは2枚組の全曲盤か、その抜粋盤を買わないと聴くことができません。


組曲全曲盤(第1,2,3組曲)
1.チェクナヴォリアン/アルメニアso (1993)
2.スクロヴァチェフスキ/ケルン放送o (1995)

組曲抜粋盤(立川でやる曲をすべて含むもの・・前奏曲を除く)
1.アンセルメ/スイス・ロマンドo(1961)
2.ミュン・フム/ロイヤルコンセルトヘボウo(1993)
3.フロール/フィルハーモニアo(1993)
4.デュトワ/NHK交響so(1998)
5.ガッティ/ロイヤルフィルハーモニーo(1998)

組曲抜粋盤(立川でやる曲をすべて含まないもの)
1. ミトロプーロス/ニューヨーク po (1957)
3. ヴァーレク/チェコ po (1986)
4. モグレイラ/チェコ po (1989)

第1,2組曲のみ
1.スクロヴァチェフスキ ミネアポリスso (1962)
2.ムラヴィンスキー レニングラードpo (1981)
3.ムーティ フィラデルフィアo (1981)
4.ロストロポーヴィチ ワシントン・ナショナルo (1982)
5.ヤンソンス オスロpo (1988)
6.シュワルツ シュアトルso (1986)

バレエ全曲盤(すべてCD2枚組)
1.プレヴィン/ロンドンso (1973)
2.マゼール/クリーヴランドo (1973)
3.小澤征爾/ボストンso (1990)
4.ゲルギエフ/キーロフ歌劇場o (1990)
5.モグレリア/ウクライナo (1994)

バレエ全曲からの抜粋盤
1.ショルティ/シカゴso (1982)
2.サロネン/ベルリンpo (1986)
3.小澤征爾/ボストンso (1986)
4.ゲルギエフ/キーロフ歌劇場o (1990)
5.デュトワ/モントリオールo (1994)
6.ペシェク/ロイヤル・リヴァプールpo (1993)
7.トーマス/サンフランシスコso (1996)
8.サラステ/トロントso (1996)

作曲者自身によるピアノ版(作品75)
1.ルッカ・ラスカ CRCD (1972)
2.エルヴィ・ノヴィツカヤ BMG(MELODIYA) (1977)
3.ラザール・ベルマン GARMMOPHON (1978) ベルマン編曲
4.ガヴリーロフ EMI (1979)
5.ベラ・ダヴィドヴィチ PHILIPS (1982) 7曲抜粋
6.タッキーノ PIERRE VERANY (1980)
7.ガヴリーロフ GARMMOPHON (1992)
8.アシュケナージ DECCA (1993)
9.コリン・ストーン UNITED (1994)
11.スワン AGORA (1997)
12.クシュネローヴァ ARS MUSICI (?)
13.パオロ・ジャコメッティ COLUMNS (?) 5曲抜粋
14.スティーヴン・デ・グルート FINLANDIA (?)
15.テッド・ジョセルソン KOCH/SCHUANN (?)
16.ボリス・ベルマン CHANDOS (?)
17.グレムザー NAXOS (?)
18.マリノヴァ・シスターズ OLYMPIA (?) 5曲抜粋Pfデュオ

(1999年10月現在)


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