5. 卵の殻をつけた雛の踊り (Ballet des poussins dans leurs coques)
この絵はペテルブルグのマリンスキー劇場で上演されたバレエ『トリルビ』のための衣装デザインとして描かれたものです。チャイコフスキーの『眠りの森の美女』で有名なマリウス・プティパが振付けたフランスの小噺『トリルビまたはアジーユの妖精』にもとづくものです。装飾音やトリルがふんだんに用いて、ひなどりの鳴き声と小刻みな動きを克明に描写した音楽になっています。
6. サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ (Samuel Goldenburg und Schmuyle)
この絵も特定されていて1曲に独立する2枚の絵が組み合わされています。ハルトマンがポーランドのサンドミールでスケッチした二人のユダヤ人を描いた絵で、彼らの会話を音楽にしています。まず、金持ちで傲慢なサムエル・ゴールデンベルクが話し始め、次いで貧しく卑屈なシュムイレが甲高い声で小言やら嘆き節を繰り返します。ムソルグスキーはユダヤ人ではなかったのですが、当時ロシアで虐げられていたユダヤ人に対して同情していたようで(彼の墓にはダビデの星が描かれている)、ヘブライの旋律にも詳しかったとされています。ラヴェルは前者には弦楽器の力強いユニゾン、後者にはミュートをつけたトランペットを起用しています。
死者とともに死者の言葉で (Cum mortuis in lingua mortua)
高音域での弦のトレモロをバックにプロムナードの主題の変奏を行ないます。墓場の後に「プロムナード=散歩」という軽い言い方は気が引けたのでしょうか。それと『カタコンブ』でハルトマンの死を直視したムソルグスキーは言葉にならない自分の気持ちをここで伝えようとしたのかもしれません。
9. 鶏の足の上に建つバーバ・ヤーガの小屋 (La cabane sur des pattes de poule - Baba-Yaga)
これは鉛筆で描かれた時計のデザインです。ロシアの伝説に登場する魔女バーバ・ヤーガは深い森の奥の人骨の柵に囲まれた空き地にある、鶏の足の上に立つ小屋に住み、臼に乗って杵でこぎ、ほうきで跡を消しながら現れます。ハルトマンはそのバーバ・ヤーガの小屋を時計にしてデザインしています。音楽はその小屋の形をした時計というよりはバーバ・ヤーガそのものを描写しています。激しく叩きつけるような動機で開始され、何物かが動き始めてやがて巨大に膨れ上がり猛スピードで駆け巡るさまを描いています。
10. キーウの大門 (La grande porte de Kiev)
ウクライナ共和国のキーウにはかつて壮麗な「黄金の門」がありましたが、ハルトマンの時代には破壊されままになっていました。1869年、キーウ市が募集した門の再建コンテストに応募し、好評を博します。しかし何故か門の再建計画は中断されてしまいます。現在は1982年に復元された門を見ることができますが、もちろんハルトマンのデザインではありません。 ハルトマンの絵は、細密画のようにかつ設計図のように極めて細かい筆致で描かれ、スラヴ風のアーチ状の屋根を持ち、門には鐘楼と教会がついています。音楽はコラールが繰り返され、鐘と聖歌隊の歌がこだますように絢爛たる情景を描いています。