この悲劇の女王メアリの最期の日々を描いたのがドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーです。1800年に刊行された悲劇『マリア・ストゥアルト』は当時大ヒットし、メンデルスゾーンはシラーの友人だったゲーテのところでこの作品について論じたであろうと推測する音楽学者がいます。また、スコットランドの詩人・小説家ウォルター・スコットは『湖上の美人』、『ヴェーヴァリー』、『ロブ・ロイ』、『アイヴァンホー』など自国の歴史を題材とし、それを取り巻く歴史的建造物や風景を鮮明に描き出すことで読み手にスコットランドへの関心を大いに煽ることにもなりました。スコットの作品『修道院長』ではホリルード宮殿におけるメアリ女王が、『ロッホリーヴェン城』ではメアリ女王の幽閉と脱出が描かれています。メンデルスゾーン家の蔵書目録には数多くのスコットの著作が含まれ、具体的にどの作品をメンデルスゾーンは読んだのかはわかりませんが、ゲーテから聴かされた話も含めればメンデルスゾーンは戦乱と陰謀に明け暮れたスコットランドの歴史やメアリ女王についてかなりの情報を持っていたと想像されます。この曲の悲しみを帯びた第3楽章はメアリ女王への追悼音楽=レクイエムであり、第4楽章はメアリを巻き込む戦争を意味しているという説もあります。第4楽章のAllegro guerriero und Finale maestoso(初版スコア)におけるguerrieroは「戦争のような」あるいは「戦士、勇士」という意味です。