ベートーヴェン : 交響曲第3番変ホ長調 『英雄』 作品55

 1804年にベートーヴェンがこの交響曲を完成した時『ボナパルト』と楽譜の表紙に書いてナポレオンに献呈しようとしていました。しかしナポレオンがフランス皇帝の地位についたことを知り、専制的な君主政治を嫌っていたベートーヴェンがその俗物性を激怒して表紙を破り捨てたエピソードはよく知られています。その後、題名は『シンフォニア・エロイカ(英雄交響曲)』とされ、出版に際しては《ある英雄の思い出のために》と書き添えられて、通称『エロイカ』の標題で親しまれるようになりました。

 この曲を作曲した時のベートーヴェンは、耳を病んで遺書まで書いた絶望から立ち直って新しい創作意欲に燃えており、曲全体に強い精神力がみなぎって構成も意欲的・革新的です。当時のスケールを打破した壮大で大胆なスタイル、1小節の無駄もない緊張感。そこにはベートーヴェンの揺るぎのない信念と生命力が感じられます。それは聴く人の精神を清浄に高揚させるだけでなく、演奏する者たちの心をも勇気づけるものです。

【第1楽章】アレグロ・コン・ブリオ
 冒頭の全合奏による力強い和音に続いてチェロの第1主題が流れると、もうこの曲に引き込まれずにはおれません。次々に呈示される魅力的な旋律の数々と、展開部での劇的なクライマックスは、当時のソナタ形式の規模からすると極めて独創的です。古典的な編成でありながら雄大かつ色鮮やかな響きが引き出されており、長さを感じさせずに再現部からコーダへと続き最大限に充実した楽章となっています。

【第2楽章】アダージョ・アッサイ
 「葬送行進曲」と記されたこの楽章は、低弦の主題により荘重な葬列の歩みが進められ、明るいハ長調に展開する中間部は、人々が英雄の生前をしのんで青空を見上げる情景を思わせます。主題に基づいたフガートが繰り広げられた後、最後に主旋律が再度、途切れがちに奏でられ、悲嘆の中に静かにこときれるように楽章が終わります。

【第3楽章】スケルツォ アレグロ・ヴィヴァーチェ
 古典的なメヌエットがスケルツォに置き換えられたこの楽章は、急速なスタッカートの動きで始まり、小声で奏でるオーボエの主題が次第にオーケストラ全体の躍動へと力を増して行きます、ホルンの晴れやかな3重奏が冴えわたるトリオが印象的です。

【第4楽章】フィナーレ アレグロ・モルト
 すさまじい序奏に続いてピチカートで示される主題はバレエ音楽『プロメテウスの創造物』の終曲から導かれたもので、弦奏により繰り返されます。やがて木管楽器により伸びやかに提示されたメロディーは極めて入念に技巧的に変奏でつながれ、最後は迫力溢れるコーダで一気に曲を頂点に押し上げて終わります。

 初演は1804年12月にロプコヴィッツ公爵邸内でベートーヴェン指揮により行われましたが、この曲がもう宮廷サロンでの演奏に適したものではなかったことは想像に難くありません。この頃からこうしたシンフォニーがコンサートホールでの一般市民のものになって行ったことも特筆すべきことです。

                                   (第34回定期演奏会プログラム掲載  FL. Sachiko)

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