歌との出会い〜4番

 
 社会人になった翌年に、大学の先輩と飲み屋に行った時に誘われて入団したのが都内のある市民オーケストラ。自分と同じような年代の若いメンバーが中心になっていたオケで、その後22年間在籍して年2回の定期演奏会と市民オペラで演奏活動を行い、副団長と選曲委員長を任されました。市から助成を受ける市民オケという性格上、限られた予算、メンバー数などから打楽器やハープ、鍵盤楽器などの特殊楽器を必要とする大編成の曲を取り上げることが極めて困難であったため、当時はマーラーが選曲に挙がることは皆無でした。曲を聴いたことがあるメンバーも少なく、マーラーの名前すら聞いたこともないという御仁もいらしたくらいです。

 ところが1988年に選曲委員会でオーボエ奏者から4番をやりたいという意見が出され、他にたいした候補が挙がらなかったため、私としてはチャンス到来とばかりにソプラノのソロをどうするのかなどというヤボな話は出さずに急いで採決をしてあっさり4番に決めてしまいました。指揮者のツテで大学卒業を控えていたソプラノの澤畑恵美さんをソリストに迎えることができ、その美声にうっとりしながら演奏できたのはまさに幸運、彼女のその後の活躍からすると共演できたのは奇跡とも言えることでした。セカンド・ヴァイオリンのトップとして9年ぶりにマーラーを弾くことができる感動をかみしめながら弾いていたことを思い出します。この曲では、9番における絶叫、非情な運命、そして諦念といった人類の苦悩を背負ってのたうちまわるマーラーの姿がないため演奏困難なパッセージもそう多くはなく終始(1箇所だけ炸裂することろはありますが)穏やかで平和に満ちた世界に浸ることができました。

 また、この曲で初めてオーケストラで独唱と演奏するという経験をしました。ベートーヴェンの第9交響曲で4人の独唱と共演はしているのですが、第9では歌が交響曲の中にカッチリ組み込まれていて4つの器楽パートのような扱いを受けているようところがあり、歌と一緒に演奏したという実感が持てないきらいがあります。この曲では第4楽章でしか共演はしませんが、歌手の息遣いを肌で感じながら演奏するというこれまで味わったことのない感動を覚えたのでした。数年後このオーケストラでオペラを演奏することになるのですが、私のオペラへの道のスタートは意外にもオペラを書けなかったマーラーの4番目の交響曲だったのです。実際、オペラ全曲を演奏するのはこの4年後でした。(オペラのアリアを単独で伴奏したことは既に1978年に初体験していました。)。

 当時は気づかなかったのですが、同じ1988年に映画『仮面の中のアリア(Le Maitre de Musique)』が公開されました。ライバルだった二人のオペラ歌手が、それぞれの弟子同士を対決させ、オチはヴェルディの『椿姫』で歌われるヴィオレッタの有名なアリアで舞台裏からアルフレードが合いの手を入れるシーンを引っ掛けるという他愛のないストーリーではあります。しかし、映像の美しさと使われているマーラーの音楽が実に素晴らしい。年老いた主人公が美貌の若い女弟子と美しい田園地帯を馬車に乗り、急に土砂降りに見舞われるというシーンでこのマーラーの4番第3楽章アダージョが使われています。この映画のことは『大地の歌』の章でも触れます。

        仮面のアリア    仮面のアリア  
 
 最初に買ったこの曲のLPレコードはジェームズ・レヴァイン指揮のシカゴ交響楽団、ジュディス・ブレゲンのソプラノ。CDの時代になってからはロリン・マゼール指揮のウィーン・フィル。ソプラノ独唱は『オンブラ・マイ・フ』を歌うニッカウヰスキーのCM(1986年)で一世を風靡したキャスリーン・バトル。硬軟対照的な二つの演奏を長らく聴いていましたが、この曲を演奏した1988年にはメゾ・ソプラノのフレデリカ・フォン・シュターデが歌うクラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏に浮気をしていました。
            キャスリーン・バトル    レヴァイン指揮シカゴ響 マーラー4番
                         マゼール/ウィーンpo マーラー4番    アバド/ウィーンpo マーラー4番

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