絶対城先輩の妖学講座

 「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と言ったのは、指なしの黒い手袋をした着流し姿のおじさんだったか、誰だったか。実際のところ不思議なことの大半は、不思議に思いたい人の頭がそう思ったか、あるいは不思議に思わせたい誰かの企みだったりする。

 だからその真相を、合理的に物理的に科学的に究明すれば出来てしまうというところから始まって、ならばどのように説明を付けるのか? といったあたりに推理する余地も見えてくる。その意味では、たとえ怪異を扱っていても、峰守ひろかずの「絶対城先輩の妖怪学講座」(メディアワークス文庫、590円)は、確実にひとつのミステリー作品だ。

 主役にあたる絶対城阿頼耶という男性は、服装からしてスーツ姿でジャケットだけが黒い羽織りという奇妙さ加減を醸し出していて、東勢大学の文学部四号館四階四十四番資料室に身を置き、訪ねてくる人たちの怪奇現象を究明して欲しいという依頼を受けては、解決のために動き回っている。

 といっても、別に親切心からやっているのではない。怪異の類が正しく理解されていない世間を憂い、これを糺そうとする研究家としての信念と、そして商売する気持ちも存分に含んで、相談者からお金を取って怪奇現象の解決を請け負っている。

 なおかつ、そうした怪奇現象の究明の途中で発見した“原因”を、相手に沈黙の対価めいたものまで要求していたりするから、なかなかのやり手というか、強欲というか。妖怪変化の類が対価なんかを出したりするはずがないから、つまりは怪異ではなく人異。そういうことだ。

 面白いのは、そうした人異を沈黙の中に押し込めることで、相談をして来た相手にはあくまでも怪奇現象だったと認識させ、それを祓うなり、癒すなりして抑えたからもう安心と言ってあげること。冒頭では、「べとべとさん」という後をつけてくる妖怪が出ると怯えた女性を大学の廊下に誘い込んでは、装置を使って「べとべとさん」を再現しつつ、それを「先へお越し」と言わせて通り過ぎさせ、これでもう出ないと安心させる。

 実は、ストーカー気味の相手につきまとわれていただけだったその女性に、真相を告げれば相手は自業自得とはいえ罪に問われかねないし、それが逆切れを生んで女性に向かいかねない。妖怪だったと言っておくことで、解決さえすればもう大丈夫と女性には思わせられるし、ストーカーの男には二度とさせないと誓わせ、対価もしっかりもらいつつ、罪に問われ一生を棒にふることを避けさせることができる。

 そんな手管で、幾つもの相談事を解決してみせる絶対城阿頼耶のところに、酒を飲んだりすると大勢が喋っているような、幻聴めいたものが聞こえて混乱する“持病”に悩まされていた、新入生の湯ノ山礼音が相談に行ったのが運の尽き。竹の輪っかで作られたペンダントをもらい、首から下げることで“症状”は抑えられたものの、それを理由に助手をするよう命じられ、あちらこちらに動いては、種も仕掛けもある相談事の解決に協力させられる。

 「べとべとさん」に始まって、幽霊が出るからと言って、夜の大学に女子大生を誘う軟派男をこらしめる「幽霊」や、湯ノ山礼音の実家がある温泉街の温泉宿に、得体の何かが出るから祓ってほしいと依頼されて赴く「付喪神」。一緒くたにされがちな妖怪や幽霊や化物の類をしっかりと定義し、時代の変遷の中で生まれてくるものだと指摘して、曖昧になりがちな境界を露わにする。そこに絶対城阿頼耶という人物の、研究にかけたい熱意のようなものが伺える。

 そして、馬術部の愛馬が化けて出るらしいという話を解決しに赴いたら、別に事件が起こって絶対城阿頼耶の過去と、そして学園一体を持つ地主の一族との間にあった対立めいたものが浮かび上がる「馬鬼」を経て、「ぬらりひょん」というエピソードへと至って物語は驚くべき“真実”を告げる。

 その“真実”がどこまでリアリティのある話なのかは別にして、そこから日本に古来から伝えられる異形や異能をもった人々の正体と、現代に脈々と伝わるそうした血筋の持ち主の今が浮かび上がってくる。湯ノ山礼音のザワザワとした声が聞こえて来る“病状”についても、そうした血筋に関わる説明が行われる。

 「ぬらりひょん」に負けず実在に疑いは持たれるものの、こうして伝承にあるなら実在しても不思議はないと、幽霊なり付喪神やらのエピソードを通じて絶対城阿良耶は訴えてきた訳で、だったらそれもあって良いのかもと思えてくる。なおかつ、その解決方法が実にユニークで且つ実際的。聞けばなるほど、あり得るかもしれないと感じられる。世の中には本当に不思議なことなどない、のかもしれない。

 絶対城阿頼耶と地主の一族との対立は解決したようだけれど、絶対城阿良耶と実家との確執めいたものは残っているから、そちらへの発展があるのかもしれない。ともあれまずは、伝奇を科学し、真相に迫るミステリーお楽しみあれ。


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