迷える魂と天空の門

 「誰に殺されましたか」と殺された人の幽霊に聞くことが出来れば、たちどころに殺した犯人だって殺した方法だって分かると思ったら大間違い。後ろから殴られたり、寝ているところを襲われたりしたら犯人の顔なんて見えないし、方法だって分からない。だいいち犯人がたちどころに分かってしまったらミステリーとして成り立たない。

 あすか、という作家による小説「少年遺言執行人 迷える魂と天空の門」(ビーズログ文庫、560円)に登場する、霊能力を持ったルキア・ベネディクトゥスという少年も決して幽霊を見る力、幽霊の声を聞く力を万能のものとしてはふるえない。むしろその力がストーリーを意外な方へと運んでいって楽しませてくれる。だからミステリーとして面白がれる。

 未来視が出来たり、接触感応の力を持っていたり、絵画を実体化させられたりする不思議な能力を持った上司や同僚たちが集い、犯罪捜査などに走り回っている特別指令執行部、通称「特令」という組織に所属するルキア。霊視の力を備えている彼は、事件を起こした犯人を捕まえに行った列車の中でも、座席に居座り同僚たちには姿が見えず、雰囲気すらも感じられないことにいい気になって、同僚たちにベタベタと触っている幽霊を手にした特殊な剣で斬り、消滅させたりしていた。

 そして、勢い余って切れてしまった列車の床下に潜んでいた犯人も無事に捕まえ、特令の組織がある街へと戻ったルキアは、「赤い虎」と呼ばれる犯人が行っているらしい連続殺人事件の調査に駆り出される。現場に着くとそこにはロマヌスという名の若者の被害者の幽霊が居て、最初は犯人を見ていないと言った。これではルキアの力も役に立たない。

 おまけにしばらくしてロマヌスは、ルキアの同僚で、感応の力を持ったマリウス・デ・ヨングという少年が殺人事件の現場に居たことを思い出したと言い出した。そんなはずはないと驚くものの、一応の疑いも持って事にあたるルキアたち。一方で豪華な屋敷に暮らす大金持ちの女主人が死んで、遺産をなぜか遠縁に当たるらしい特令のメンバーのひとり、ステファノ・ガルバーニに継がすという遺言が残されて、騒ぐ遺族たちに女主人の真意を説明するために、霊と話せるルキアが屋敷へと赴いて女主人から理由を聞く。

 そんな調査の過程で、過去に起こったひとつの“事件”が浮んでくる。

 街で殺されたロマヌスは、どうしてアリバイがあるはずのマリウスの姿を見かけたと言ったのか。周辺でその現場を見ていた幽霊たちも、どうしてロマヌスに同意したのか。おまけにルキアまでが、街でロマヌスの姿を見かけてしまったのはなぜなのか。そうした疑問に出されるひとつの答え。すべてが明らかになった時、振り返ってなるほどと納得できる。そこに設定上の企みが見てとれ、なるほどと唸らされる。

 殺されたロマヌスの母親にまつわる過去が、屋敷の死んだ女主人の遺産相続騒動とも繋がって、その背後にあったひとつの悲しい出来事が、全体を貫く大きなストーリーを作り出す。マリウスの家庭に過去に起こった事態もそこに絡み、つながっていった先に、大きな悲劇と悲憤が乗って大きく燃えあがる。

 ともすれば複雑に思えるかもしれないけれど、そうした重なりを解きほぐしていった先に、ひとりひとりにあった離別のドラマが浮かんで来る。ルキアが霊能を使って殺された相手に聞いても、事件はすぐに解決とはいかなかったからこそ分かった事実、起こった事態。その結果、解放されてあの世へと笑顔で向かう魂が生まれたことを喜びたい。

 ルキアにつきまとい、勧誘しようとする聖司祭のアウレリア・デ・コンスタンスという人物の強引さの裏側も明らかになって、いろいろと決着がついてしまったところもあるストーリーだけれど、特令のメンバーの能力が存分に発揮されたとはいいがたい。とりわけ魅了の力を持った、男性なのに“女王様”と呼ばれるシルフェステル・カリストゥの出番が少なすぎる。もっと見たかった。

 とはいえ、彼こそマリウス以上に万能さを持った存在。だから引っ込んでいるのが正解なのかもしれない。あるいはその能力がミスリーディングを誘うような事件が、これからの展開にあったりするのか。他のメンバーのとりわけルキアを寵愛する特令執行長にして予知能力者のエドアルド・セウエルスが困り果てるような物語など、あれば読んでみたいものだ。


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