妖精がやってきた!
ガール・イン・ザ・ボックス

 隣に住んでる幼なじみの修兄ちゃんは、格好よくって運動神経抜群で、私がずっと憧れてる人。私は修ちゃんが大好きで、修ちゃんも私ことが好きなはず。なんて思ってたら強力なライバルが現れて大弱り。修ちゃんのバスケ仲間でグラビアアイドルみたいに綺麗な女がやって来て、修ちゃんの横にべったりくっついて離れない。

 おまけに修ちゃんがちょっと外した時、私にだけ聞こえる声で「スッゲー目障りなんだけど」って吐き捨てるように言って脅すんだ。見かけは綺麗なのに心の中はドロドロのぐっちゃぐちゃ。そんな女にだまされている修ちゃんってば可哀想。修ちゃん、私が恋の妖精を呼び出して、魔女の手から救けてあげるから待っててね!

 なんて感じに真正面からスウィートいっぱいラブいっぱいの恋愛バトルが繰り広げられたら、読んでる方も気恥ずかしさを覚えて、赤面して身もだえしてしまいそう。なによりそんなお助け妖精物のストーリーは、小説にも漫画にもアニメーションにも山ほどあって、改めて読まされても新鮮な気分に浸れるとは思えない。

 ところが集英社コバルト文庫から出た菊池瞳の「妖精がやってきた! ガール・イン・ザ・ボックス」(集英社、495円)は、設定こそ恋の妖精がやって来て主人公の願いを叶えるってストーリーだけど、受ける印象も進む展開もまるで違う。

 というのもカレンって名前の少女の願いを聞いて、魔法の国から呼び出された妖精がとんでもない奴で、「さっさと言え、このブス!」といきなり言ってカレンを驚かす。でもって少女の言いつけに従うでもなく、むしろ修ちゃんに一目惚れして、カレンにもグラビアアイドルみたいな彼女にも、ちょっかいを出してはカレンにハエ叩きで撃墜されるだけの役しか果たさない。

 つまりはまるで役立たず。むしろおじゃま虫でしかないんだけど、そんな妖精の振る舞いが、ともすればスウィートでラブラブで気恥ずかしさいっぱいのストーリーの甘さを中和して、物語にピリッとしたスパイスを与える感じになっている。なにしろ六道神士の漫画「ホーリー・ブラウニー」に出てくる妖精よりも役立たず。この珍しさは、お助け妖精物&魔法少女物に、ひとつの新しいバリエーションを与えるかもしれない。

 修ちゃんが決して恋愛バカじゃなくって、付き合ってるグラビアの自己主張の強さ、言葉のキツさを分かって手、カレンにイジワルしていることも知っていて、カレンをいたわりながらもグラビアの口撃に手を出したカレンを叱る分別を持ったキャラクターとして描かれている点に好感が持てる。恋に血迷うキャラクターのみっともなさを、我が身のことのように思って自己嫌悪に陥らなくて済むのが嬉しい。

 グラビアもグラビアで、自分のしでかしたことに責任をとって、カレンを誘い彼女の失恋をなぐさめる役目を果たしたりと、出てくる奴らに心底からの嫌な奴がいないのも、読み終えてスッキリとした気持ちになれる大きな要因かも。もっともそれで「なんだ結構良い奴じゃん」と思ったら恋は負け戦。告白して謝られて慰められたカレンがこの先どんな行動を取るのか、そしてそこに役立たずの妖精がどう絡むのかを読んでみたい気がして仕方ない。

 妖精が放つ魔法がやっぱり役立たずで、カエルになれといって放った魔法に当たったカレンがなぜかナメクジになってしまって、おまけに15分しか持続しなかったりする設定も、スウィートでラブラブな展開に息抜きみたいな効果を与えてくれている。カレンの周りを飛び回っては裏拳を浴びて卒倒し、グラビアとカレンの対決場面に参入してはバスケットボールに潰される狂言回しのような妖精の存在は、やっぱり変だしとっても貴重。その悲惨さに同情のひとつもしたくなる。

 変といえばカレンの同級生で佐和くんという二枚目がいて、無口なようで実は本格的な建築マニアで「明治村」に行こうとカレンを誘う辺りがなかなかに変。もっともそんな佐和くんの誘いで、カレンは自分の中にあった建物への興味を引っ張り出された訳で、そんな描写が自分のやりたいことって何だろうって考えている人に、自分を見つめ直すチャンスを与えそう。恋と言い進路と言い、いろいろと教えられる所の多い物語になっている。

 ちなみに「明治村」とは愛知県犬山市に明治時代の建築物が全国から集められて展示されているテーマパーク。愛知県近隣の人にはおなじみの施設を知っている作者もやっぱりなかなかの建築マニア? 続編があるならグラビアの気っ風の良さと修ちゃんの恰好良さ、妖精の役立たずぶりに合わせて「明治村」を舞台に起こる新たな大騒動、なんてものも読んでみたい気がしてる。


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