さらば、やさしいゆうづる

 悩みを抱えてる人。怒りに震えている人。悲しみをかみしめている人。痛みをこらえている人。そんな、さまざまな負の感情を引きずりながら大勢の人たちが生きている。

 逃げたり、迷ったり、諦めたりしたいと思うこともあるだろう。けれども、そうするより前向きで、明るくて、楽しい解決方法があるかもしれないと教えてくれる漫画が、有永イネの「さらば、やさしいゆうづる」(講談社、590円)に並んでいる。読むことで、自分自身が立つべき場所を見つけ直し、進むべき道を切りひらいていくためのアイデアを得られるだろう。

 最初の短編「ひとつめは木曜になく」は、幼いころから木曜になると、ひとつ目の虫のような化け物が見える能力を持った、じゅんじゅんという高校生のエピソード。じゅんじゅんと、幼なじみのはるかの2人は、歩き回ったり、背中に張り付いたりするその虫がつぶやく、近くにいる人の心の声を、6歳のころから10年間、ずっと耳にし続けてきた。

 家族の不幸に、自分自身の悩みや苦しみ。つぶやく虫の声から、それらが分かってしまう2人のうち、はるかは虫がついている人の悩みを、解決してあげたいと考えている。けれども、じゅんじゅんは、幼いころに友だちの悩みを言い当て、気味悪がられてから能力を嫌悪していた。

 はるかにも、「優しすぎるのも大概にしろよ」と言って自制を促していた、そんな最中。ある木曜日から、じゅんじゅんには、ひとつめが見えなくなってしまった。はるかには相変わらず見えているようで、じゅんじゅんに起こったことを喜びながら、それでも見えるひとつめからきこえる声を頼りにして、他人の悩みに答えようとする。

 見えるから、きこえてしまうから他人の苦しみや、悲しみを知ってしまい、関わりたくなるのかもしれない。だからといって見えないから、きこえないから他人の苦しみや悲しみに、気づかなくて良い訳ではない。力があってもなくても、自分を思い、他人を思って生きる大切さが、「ひとつめは木曜になく」から浮かんでくる。能力のはざまで迷うじゅんじゅんの、実生活でもはざまにあって惑うキャラクター造形も、じんと染みてくる短編だ。

 続くのが、表題作の「さらば、やさしいゆうづる」。つき合っている彼氏から、ブラのカップを背中に回し、ホックを前で留める姿がオバサンみたいでマジうけると言われ、振られてしまったマキという女子大生。容姿はそれなりながらも、母親が早くに家を出て、2人暮らしだった祖母も亡くして、家庭や生活の常識などとはあまり縁がないまま育ったため、女子っぽさに欠けていた。

 もっとも、隣室には祖母の死を縁者でもないのに激しく泣いてくれた、親切で、料理もうまい自称絵本作家の、ロリコンな性癖を持ったナオくんという29歳の青年が住んでいて、何くれとなくマキの面倒をみてくれていた。

 振られただけでなく、その後も出会う元彼から悪し様に言われながら、反論できない自分の至らなさに歯噛みし、しょうがないと諦めかけ、沈みかけていたマキ。それが、隣室のナオくんがくれた、開けると欲しいものがはっているという、不思議な箱からひとつ、またひとつと現れるビー玉を積み上げていくことで、鬱屈と諦めを体から外へと吐き出して、自分自身を取り戻していく。

 3本目の「なき顔の君へ」。双子でよく似た顔をした弟の顔なんてなくなっちゃえと、七夕の夜に姉が願うと、本当に弟の顔がなくなってしまう。もちろん周囲の人には、ちゃんと弟の見えていて、それまでどおりに学校の人気者として、演劇の責任者をまかされ活発に動き回っている。

 自慢の弟であるはずなのに、どうして姉には弟がねたましく見え、その顔がなくなってしまえば良いと願ったのか。明らかにされる姉の鬱屈の理由と、姉を深く思っている弟の優しさに、悩んで沈み込んで生きている原因が、たとえ気持ちだけでは変えられないものでも、受け止めて進もうとする気持ちが必要なのだと感じさせられる。

 女の子にはとても辛いことだけれど、それがそうならそう生きるしかないのだろう。

 親を残して死んでしまった青年が、幽霊になってさまよっていたところを、霊感を持って幽霊たちを使役している女性に雇われる「はたらくおばけ」。まずは山道のカーブで脅かす役を何日もさせられ、1日に1台くるかどうかの車を相手に、おどかす仕事に意味なんてないと訴えても、意味がないからと逃げてどうすると諭され、迷う。

 やがて役目を持って生き、誰かに頼られて生きることの意味を知り(といっても死んでいるけど)、その境遇を受け入れる力を醸し出す。幽霊なんて信じないと訴えていた、学者の父親を青年は果たして説得できたのか。理論ではねじ伏せられなくても、感情として伝わる親と子の間柄。逃げているだけでは分かり合えないと知ろう。

 収められた4編は、どれも読み応えのある作品で、移り変わる登場人物たちの心情を追って、何度も何度も読み返したくなる。多彩なキャラクターたちの中から、自分の今がどんな気持ちなのか考え、同じような誰かにあてはめ、どうしたら良いのかを探ることも出来そうだ。

 初めて漫画を描いてわずか半年で、「ひとつめは木曜になく」のような深い話を描いたことにも驚くばかり。だからこそ、芥川賞作家の小川洋子が紡ぐ、生と死の狭間に惑う気持ちを誘う少女を描いた「最果てアーケード」(講談社)のような、奥深くて美しい漫画を描けたのかもしれない。新たな、そして可能性を持った才の登場を讃え、さらなる成長を見守りたい。


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