パート怪人悪キューレ

 無料の漫画週刊誌が刊行されたと聞いて、瞬間的に「1カ月もたないね」と思った人は反省。メディアはそれこそ瞬間風速的に騒ぎ立てたけれども、現場の方では地道に静かに編集しては配布しながら、1カ月を過ぎ2カ月を過ぎて半年経ってもしっかり存在し続けた。

 そしてついに、07年10月からは連載されていた漫画の単行本の刊行も始まって、いよいよ本格的にその存在感を現し始めたデジマ刊行の「COMIC GUMBO」にあって、創刊時よりナンバーワンの面白さを誇っていたのがこの作品、ヨコシマンなる作家の手になる「パート怪人悪キューレ」(デジマ、760円)だ。

 戦隊ヒーロー「ヒーロー5」に所属するイエローカレーを夫に持つ家庭の主婦が主人公、と聞けば浮かぶのは、スーパー戦隊物の一種のパロディで、仮面を被り颯爽と現れ怪人相手に戦うヒーローたちににだって、家庭があって家族がいるんだという内幕を描いてほのぼのとさせる作品だと想像したら半分は当たっている。

 けれども半分は外れで、メーンはその主婦が夫のリストラ危機に立ち上がってパートに出た先が正義ならぬ悪の組織。そして戦闘員から女怪人「悪キューレ」へと出世して、夫たちの戦隊ヒーローを相手に戦いを繰り広げる、といった相克のドラマが待っている。

 といってもシリアスさはみじんもなくって、一人息子は昼間は母親に連れられ悪の組織の託児所で遊び、夕方には家に帰ってヒーローの父親といっしょに遊ぶ団欒ぶり。夫は相手が妻とは知らず、妻は相手が夫と知りつつ現場では精一杯に技を繰り出し戦うものの、ケガはあっても死とは無縁にやっつけたり、やっつけられたりといった日々が新怪人の登場や、新技の披露とそのズッコケぶりなどを交えて描かれていく。

 とにもかくにも仲のいい2人。夫が酸素を多めに供給する、通称「ベッカムマシン」を買い込んで来たことに妻が無駄遣いだと腹を立て、出会った戦いの現場で「主婦の敵め」と辛くあたると、そのマシンが実はパートに出て働いて、そして疲れて帰って来る妻の疲労回復の為に買った物だったと分かり、「父ちゃん大好き」と後ろ向きにのろける妻。展開も真っ当なら絵もしっかりしていて、4コマ漫画の連なりからなるひとつのエピソードをじっくりしっとり味わえる。

 戦隊ヒーローでは女性がたいてい勤めているピンクの中の人が寿退社して、代わって入ってきた新しいピンクが戦いの場へとやって来て見せた色気に悪の組織の戦闘員たちはもうめろめろ。反抗して向かってきたところを悪キューレは主婦のパワーで得意の家庭料理を作り繰り出し戦闘員たちを見方に引き戻すギャグもほのぼの。確かにそうだと、読んで心ほだされる。

 あまつさえ、悪キューレに対抗して料理を始めてレンジを爆発させ、衣装を燃やしてしまったピンクに集まる視線が見つけた特徴から、怒濤のクライマックスへと向かいさらにもう一押しがあって、年期の入った女性だけが持ち得る、男も超えた力の強さを目の当たりにさせられる。女はすごい。ものすごい。

 メーンだけでなく、サブのキャラクターにもたっぷりの味がある。チラシを折り込みお茶を汲み、戦闘員のマスクを洗いチラシを巻いては警察官にひとり怒られ頭を下げ、司令の無茶に怒る怪人や戦闘員をポケットマネーでなだめる悪の組織の人事部長が何ともいじましい。

 それでいて、マスクをはずして家に帰ると学生の娘がいて、電車を妨害した怪人の統率力に感動する娘の話に父の仕事の決勝なんだと微笑む仕事への忠誠心。中間管理職の悲哀と同時に誇りというものを強く感じさせてくれるけれども、真似をしたいとはあまり思われなさそう。

 「ヒーロー5」の妻が悪キューレのイエローや、男子を憧れさせてそして退かせるピンクのほかのメンバーもそれぞれに独特。レッドの熱血は変わらないけどブルーはキザな割に薄気を気にしていて、蒸れるからマスクを被りたくないとだだをこね、グリーンは目立たない自分に嫌気がさして悪の組織に移籍しようとしたものの果たせず「ヒーロー5」へと帰っていく。

 ピンクも含めていかにも、といった特徴をさらに大げさにしては笑わせつつ、けれどもそれぞれの個性が武器にもなって5人のユニットを成り立たせている様が見えて来る。悪の組織の大変さも含めて、特撮戦隊ヒーロー物への良質なパロディであり、そして心よりのオマージュが捧げられた作品が「パート怪人悪キューレ」だ。

 総じて等身の下がったギャグ調の絵柄では、主婦の勇ましさや女怪人の猛々しさばかりが強調されがちだけれど、ときどきはシリアスな絵柄になって、女性らしくて美しい表情に悪キューレが描かれているところも気持ちを誘われる点か。韓国のマフラーをまいて眼鏡をかけた俳優によく似たイケメンヒーローをテレビで見てポッとする表情の悪キューレ。他人に好意を示している表情とは言え、見れば夫のイエローカレーでも、妻をまだ若くて綺麗な女性だと、見直したくなるかもしれない。

 そのシリアスさでレオタードにエプロンをつけ目にはマスク、手にはおたまの扮装で現れてくれれば世の男だってなびきそう。それだと悪が圧倒的に勝ってしまうから、普段は等身が下げられているのも仕方がない。ただもしこれが実写ドラマになったなら、女優の等身はどんな場合でも下げられないから美しく勇ましい女怪人が最初から最後まで登場し続け、画面の中のヒーローたちだけでなく、テレビを見ている世の男性をおじいちゃんから子供まで、引きつけ離さなくなってしまうかもしれない。

 悪のプロパガンダと誹られようとも、視聴率欲しさに実写ドラマ化に挑むテレビ局ははたしてあるか。あって欲しいがその場合はどんな女優が主演なら嬉しいか。考えよう、目にその衝撃的なシーンを思い浮かべながら。


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