BAD AS I WANNA BE
 小学生の頃に読んで感動した伝記のベスト3は、順不同で「野口英世」「リンカーン」「エジソン」。次点としてこれに「ワシントン」と「ナポレオン」が続くかな。努力と才能を運で成功を収める彼ら偉人たちの話に、子供心に「いつか自分も」なんて大志を抱いたものだけど、しょせんは凡人ただの人。偉人どころかまともな人間ともオサラバして、怠惰な日常を無為に過ごしている。

 歴史に名を残す彼ら偉人たちと比べるには、ちょっと無理があるかもしれないけれど、親戚からもらった伝記「自伝・わたくしの少年時代」って本にも、結構感動させられた。著者は元内閣総理大臣、田中角栄。新潟の雪深い村に育ち、東京に出て建設会社を興して成功し、政界へと打って出た田中角栄の人生が、子供向けに分かりやすく書いてあった。金脈問題で退陣する前だったか、退陣した後だったのかは曖昧だけど、少なくともロッキード事件で捕まる前だったから、頑張って頑張って頑張り抜いて成功を掴んだ田中角栄の人生に、やっぱり「いつか自分も」なって思ったものだった。

 そんな心理も、数年後にはいったん崩壊するけれど、今になって思い返せば、地盤もカバンもなかった田中角栄が、手練手管を駆使して成り上がっていく様って、それなりの感動を呼び起こすものだと思う。「正義の味方」の「庶民宰相」だった田中角栄が、「目白の闇将軍」と呼ばれる自分を「悪(ワル)」と自覚し、いい子ちゃんぶることなく書いた自伝というものを、出来るものなら読んでみたかった。そこにはきっと、生きるために大切なこと、成功するために必要なことが、教師と反面教師の両方の性格を合わせ持った内容で、描かれていたはずだから。

 「ワル」として傑出した人物の伝記が、人々に素直な感動を与えるとや普通思わないだろうけれど、その「ワルぶり」が、「あるがままに生きる」ことの難しさと大切さを説いているのだと考えれば、口に苦い毒薬、でも処方さえしっかりしていれば劇的に効く良薬として、読んでみるのも面白いんじゃないだろうか。NBA屈指の「ワルぶり」でつとに知られるデニス・ロッドマンの自叙伝「BAD AS I WANNA BE」(徳間書店、1700円)なんて、情報過多のなかで、自分を見失いがちになっている大人や、そんな大人たちに毒されて、やっぱり未来に希望を持てない子供たちが、是非とも読むべき伝記だと思う。苦さは並大抵じゃないけどね。

 もちろんデニス・ロッドマンが「ワル」と呼ばれているからといって、法律を平気で破り人を殺すことだって厭わない、心底からの「ワル」って訳じゃない。ただちょっと、NBAという規律正しい組織の規範からズレているだけ。NBAという組織をとっぱらって、ただ「バスケットボール」とういスポーツに相対した時にこそ、「ワル」という言葉とは正反対の、デニス・ロッドマンという人物の真面目さというか凄さが見えてくる。

 ハーフタイムのショーアップによって観客を喜ばせようなんてロッドマンは考えない。「肝心なのはゲームだ。真剣にゲームをプレイすれば、人びとを楽しませ、彼等に幸せな時間を過ごさせることができる。ゲームだけで充分だ。バスケットボールは偉大なゲームなのだ」

 プロとしてただの1分もコートに立ったことのないルーキーに何1000万ドルもの契約金を払う風潮への言葉も厳しい。「マジックやバードやマイケルのような選手は素晴らしいショーを提供したが、しかしつねにまずチームやゲームが第一だった」「あの時代のビデオ−ピストンズ対セルティックス、レイカーズ対セルティックス、そしてピストンズ対ブルズ−を観ると、すべて徹底的な、ひたすらなバスケットボールなのだ」

 マドンナとの交際や女装趣味、全身への入れ墨といったバスケットボール以外のことで話題になるロッドマンだけど、肝心のバスケットボールに関しては、常に全力で、全身全霊を込めてプレーしてる。大人たちは妬みや嫉みの心から、ロッドマンの奇矯な振る舞いや派手な私生活だけに目を向けてしまうけど、子供たちはきっと、大切な物事には手を抜かないロッドマンの神髄を、この伝記から読みとることになると思う。もっとも当のロッドマンは、「スポーツ選手なんかが子供たちを助けることなんかできない。そして俺は、われわれがそれをできると思うのはバカげているし、また身勝手だと思うのだ」って言ってるけどね。


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