宇宙軍士官学校 −前哨− 

 ジャスティ・ウエキ・タイラーが、常勝の果てに元帥の地位まであっという間に上り詰めたのは、ただ上司にゴマを擂り続けたからではない。むしろ逆で、上司に嫌われながらも必要なことを欠かさずやり抜き、多くの信頼を得たことがひとつと、それからやりぬくために徹底的に考えて、成功するための合理的な方策を、着実に実行していったことがひとつ。

 経験に縛られず、観念に引きずられず、その場その場で最適を考えながら行動した。間違っていたら改め、正しくても次には何が起こるか分からないと安心しないで、周囲を見て己を見つめ、着実に進んでいった結果が、あれだけ立身出世につながった。天才でもなく非才ですらなく、凡庸を絵に描いたような人物だったからこそ、ジャスティ・ウエキ・タイラーは成功できた。

 鷹見一幸の「宇宙軍士官学校 −前哨(スカウト)− 1」(ハヤカワ文庫JA、600円)の主人公、有坂恵一もまた、何ものにも染まらない自在さで、ジャスティ・ウエキ・タイラーに迫る躍進を遂げようとしている。士官学校を出てはいても成績は真ん中くらいで、任官したのも治安維持軍という警察が変化したような組織。そこの西東京基地で新米として仕事をはじめたばかりの彼に、なぜかエリート中のエリートとも言える宇宙軍から、お呼びがかかった。

 15年前に降臨した宇宙人によって、地球のあらゆる人間が強制的に反攻は無駄だと諭され、対立は無意味と諭され一切の争い事から手を引いた。宇宙人はあらゆる病気を治す特効薬や、効率の良い太陽電池、そして反重力を生み出す「フローターコイル」なる未知のテクノロジーを、当時は一切の対価を得ようとしないで全人類に分け与えた。

 人類は誰もが幸福になり、かつてない繁栄を得て宇宙にも出ていくようになった。そうして結成された宇宙軍は、内では争わなくなった地球を外から来る敵から守る組織であり、そのための高度な戦闘スキルや明晰な頭脳を持ったエリートが集う場所として、羨望の眼差しで見られていた。そこに辺境から一介の治安維持軍少尉が送り込まれる。

 どうしてだ。有坂恵一本人でなくても訝ったようで、ステーションに到着した際、連絡が届いておらず許可を得ていない人物としてセキュリティにひっかかった有坂恵一を、エリート揃いのエリートでもより抜きの、機動戦闘部隊に所属するパイロットのリー少尉が誰何し、スパイと見なして捕縛し、暴行したのも当然だった。

 もっとも、そこで憤り、怨みを抱くのが普通の感性だけれど、有坂恵一はそう思われるのも仕方がないと受け入れ、そのまま宇宙軍士官学校へと向かう。殴ったリー少尉はといえば、同じ宇宙軍士官学校に入り、エリートならではの腕前を発揮し続ける一方で、有坂恵一を怪しみ、エリートである自分の立場を汚す存在と見てつけねらうようになる。

 対称的な2人。ほとんどが宇宙軍出身のエリートという宇宙士官学校で、支持されるのはリー少尉の方だと思いきや、こだわらず引きずらず、その場その場で最善を考え行動して訓練で好成績を収め、同僚どうしの模擬戦でも連戦連勝を重ねていく見事さから、有坂恵一は同僚たちの間で信望を集め、参謀扱いされるようになっていく。

 吉岡平の「無責任艦長タイラー」なら、勢いとノリで派手な戦闘へと突入していく中、ジャスティ・ウエキ・タイラーが鰻登りの出世していくスペクタクルでコミカルな展開になるところを、「宇宙軍士官学校 −前哨(スカウト)− 1」ではまだリアルでシリアスに、宇宙軍士官学校としての目的を果たすための訓練が続いていく。その目的とは、過去にスーパーテクノロジーを得て、銀河文明の一員に末席ながらも加えられた対価として、15歳以下の少年少女で組織された部隊を程なく結成する時のために、彼ら彼女たちを指揮できる士官を養成するというものだった。

 いったい何と戦うのか。そして誰もが無事に生きて帰れるのか。あれだけのスーパーテクノロジーを地球にもたらした<教導者(インストラクター)>と呼ばれる存在が、それでも地球から若い兵士を募るからには、相当な激戦も予想されそう。過去に地球で帝国たちが、植民地から兵士を徴用して戦場に駒として投入していった歴史が、宇宙規模で繰り返されるだけなのか。もっと悲惨な、全人類が楯となって戦場で散り果てるのか。

 連戦連勝を繰り返し、敵に捕らえられても相手を懐柔して見方に引き入れ、成長していくような楽しげな展開は予想しづらい。殺戮と混沌の戦いの渦に巻きこまれ、すりつぶされていくのかもしれない。それでも、有坂恵一なら何かを見せてくれるだろう。それだけの人間と期待され、スカウトされ、結果を出しつつある彼の存在が、安閑としているかもしれないし、壮絶に悲惨かもしれない戦いの向こうに、人類が進む道を拓いてくれるだろう。

 その前に、まずはこなすべき最終試験で、艦長となり部隊を率いる有坂恵一の放つ才気を楽しみたい。次巻はいつだ。


積ん読パラダイスへ戻る