つきは探偵のまり 〜おかしな兄妹と奇妙な事件〜

 嘘つきは泥棒の始まりというけれど、泥棒に入ったからこそ嘘をつかなくてはならなかった少年には、だったら何が始まったのか?

 そんなことを思ってしまう話が、石崎ともによる「嘘つきは探偵の始まり 〜おかしな兄妹と奇妙な事件〜」(メディアワークス文庫、570円)という小説。父親が名の知れた探偵という神條久人だったけれど、子供のころに母親ともども家から追い出され、以来2人暮らしをしていた。その母親が死んだこともあって、久人は母親が大切にしていながら、父親の元に残してきたブローチを取り戻そうと、探偵もその新しい妻や娘がいない時を狙って、探偵の家に泥棒に入る。

 実はここしばらく、そうした“泥棒修行”をしていた久人。母親が教えてくれなかった父親の住所を割り出すために、探偵仲間の家に泥棒に入って情報を集め、ようやく突き止めた所在地で、探偵の家族がその時間に何をしているかという動静もいっかりと把握し、今日ならら安心と忍び込んだ家で、ブローチを探しに入った書斎に人がいた。見知らぬ少女が。

 探偵の今の娘であるはずがない。彼女はその時間学校に行っている。だったら誰だ。それは向こうも抱いた感情らしく、お互いに誰だと尋ねあう。久人は「オレはこの家の長男だ」と答えて、しばらく家を離れていて戻ったばかりだと告げ、相手の優位に立とうとした。

 それはある意味で正しい。ただしずっと住んでいなかった。それを見知らぬ少女が知っているはずがない。彼女はこの家の子ではないはずなのだから。ところが彼女はこう答えた。「私はあなたの妹ですよ、お兄さん」。

 そんなはずはない、とは思うものの、自分だってずっと家を離れていて、妹がほかにいたかどうかは定かではない。渦巻く疑念。それは相手も同様だったのか、2人は即座にお互いを妹で兄だという演技に入っていく。

 兄なんだから妹に1万円をお小遣いとして渡すのが普通ですよと言われて渡したり、妹ならお茶を入れてくれるのが当然だと言って入れさせようとして、白湯だけ持ってこられたり。どうもそうではないとお互いに感じていながら、そうだと指摘したら自分もそうだと言われかねないまま繰り広げるやりとりに、狐と狸の化かし合いのようなユーモアさが漂う。

 そんな2人がいる家に、インターフォンをならして宅配便がやってきたり、近所の警察官が立ち寄ったりと、次から次へとピンチが襲う。泥棒を主張する割に、どこか抜けたところがあると妹の方は、柳野花という自分の本名を受け取り票に書こうとして、その家の娘を演じることを忘れてしまう。そのたびに久人の方が相手に怪しまれたらまずいとフォローに入る。

 お互いにお互いを疑いながらも、外に向かってはバレたら拙いと懸命にその場をしのごうとする過程から生まれる、どこか同志のような関係が面白い。次々と襲ってくる窮地を主に久人が知恵をめぐらせ乗り切っていくスリリングな展開も楽しめる。

 本当の娘が忘れ物を取りに帰ってきた最大のピンチすらもしのいだ久人と花人は、お互いの境遇を他人に仮託してほのめかすことで、それぞれがどういう生活を営んでいたかを理解する。そして始まる共闘のような関係。父でありながらも、久人の母親を追い出し、そして娘と名乗った少女をひとり過ごさせてきた探偵への復讐すら考えたところに起こった、探偵とその家族がまとめて誘拐されてしまったらしい事件。久人と少女は集い考え事件に挑み、そして探偵の居場所をつきとめ真実を知る。それは……。

 それは読んでのお楽しみということで、ただひとつ言えることは、嘘つきは泥棒の始まりではなく、嘘つきが探偵のこだわりだったということ。大きな包容力を持って久人と娘の生涯を眺めていたのかもしれない探偵の、大きな手の上で転がされていたようにも見える人生を、2人にすぐに受け入れろ、そして喜べというのは酷かもしれない。それでも、すべてを知って、そして未来を感じた2人には、もうわだかまりは残っていなかったと思いたい。

 そんな2人が、父親譲りの機知を発揮して、これからどんな事件に挑むのか。そんな話は果たして描かれるのか。とても気になるところ。それこそ半生をかけて仕組んだ探偵の企みを、乗り切り暴いた2人だけに、大活躍してくれるのは間違いなしだろうから。


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