詐欺と異能学園

 ONEが描く漫画「ワンパンマン」の世界で最強のヒーローはといえば、それはキングを置いて他にいない。いまだ負け無しの戦績は伝説の域に達し、拳を交える前に怪人も恐怖から自壊するほどだ。すべての存在を威圧する正義の鼓動、キングエンジンが響いたら怪人はその生を諦めるしかない。キングだからこそひれ伏すしか無かったという記録を残して。

 なんてな。「ワンパンマン」のキングが顔立ちこそ厳ついものの、内心は臆病なただのゲーマーだということは読者には知れ渡っている。戦績はサイタマがひょいと倒した怪人のそばにいたことで戦果として誤認されただけ。鼓動は内心の不安が表れた動悸に過ぎない。

 それでも実際にキングを前に怯え逃げるか消える怪人がいくらでもいる。伝説であっても虚偽であっても最強という称号は、その裏を見破られなければ現実に最強なのだ。野宮有による「嘘と詐欺(ペテン)と異能学園」(電撃文庫)に登場するヒロインのニーナも同様に。

 異能力を持った者が生まれるようになった帝国に、強い力を持った異能力者が集められる養成学校があった。入学者たちには厳しい競争が課せられ、勝ち残った者だけが国家を護る<白の騎士団>に入れる。その組織に兄たちと同様に入ることを義務づけられた家に育ったニーナは、幼い頃から暴力的な念動力を振るっていた実力を認められ、無試験で養成学校に進んだ。

 もっともニーナに異能力はなく、天才的な演技力で周囲を騙していただけだった。名家ということもあって入学試験は無試験で通った。学校では本気を出すと脅して同級生からの挑戦を退けてきた。ところがジンという少年は退こうとはしなかった。それどころか変装してジンに近づき事情を探ろうとしたニーナの嘘を見抜き、共闘を求めてきた。

 実はジンも無能力者で、養成学校にも周到な準備をして試験をくぐりぬけ入って来た。お互いの秘密を知った2人は、夜中に仕込んでおいた火薬を爆発させて決闘を偽装し、定期的な能力テストも教官を脅してスルーさせる。ジンの騙しのテクニックは明かされればどれも単純だが、使う時を見越して何ヶ月も前から仕込んでいたものもあった。

 これぞ詐欺師の周到さ。いったいいつから騙されていたのかと驚けるし、そうやって騙していけば良いのかと勉強になる。もっとも真似をしようにもそこまでの周到さはついて行けそうにない。だからこそ詐欺であってもジンの強さは“本物”だ。

 炎の人形を操る異能を持った同級生を相手にした戦いで、嘘を見抜かれ裏切りにもあって窮地に追い込まれたジンが、何をどう繰り出すかがある意味でのクライマックス。そしてラストでは意外な敵の存在が示され、ジンやニーナにどう絡んで来るかに興味が及ぶ。

 権力という強大な相手を騙して、恩人の仇を討とうと企む詐欺師たちの物語。繰り出される難局に、ジンとニーナが詐欺と変装で権力に挑み、乗り越えていく展開を楽しんでいけそうだ。


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