ちゃりこちんぷい1

 ちゃりこちんぷい。

 それっていったい、なんのフレーズ? 音楽とかに疎くって、ましてやブルーズなんて滅多に聴かない人間なら、たいていそう思うだろうけど、ブルーズに浸った人には、そんなフレーズがギターの喋る声として、響いてきては心の底から耳を、頭を、全身をふるわせ感慨に浸らせるらしい。分かるかな? 分からないよなあ。

 坂井音太が原作をやって、玉置勉強が漫画を描いている、その名も「ちゃりこちんぷい」(集英社)という作品。高校で、フォーク&ロック部という、いわゆる軽音楽部みたいなところに所属している黒田千代治ことチョコは、1年生ながら、音楽を究めようというよりは、学園祭でどれだけ受けるかが重要みたいで、あまり音楽に情熱を傾けてくれない先輩たちに嫌気がさして、こんなところにいられるかと、部室を飛び出してしまう。

 チョコという少年が、いったいどれだけ凄いギタリストなのかはともかく、たぎった気持ちをどこかで燃やしたいと思いながら、廊下を歩いていたその耳に、第二音楽室の中から流れてくる、激しいギターの音が聞こえてきた。それがブルーズ。心を踊らされ気持ちを煽られる音楽に聞き惚れたチョコが、これだと思って部を辞めて、改めて第二音楽室の扉を開いて、誰が弾いているんだ思いながら飛び込むと、そこには女子高生が3人いて、1人がピアノを弾いて、1人がギターを弾いていた。

 もっとも、チョコの乱入に演奏をピタリと止めてしまったギターの少女。名を「まれ」というらしい彼女は、とても人見知りが激しくて、部屋にいたひとりで、チョコとは幼なじみのマキミキと、ピアノを弾いてた少女で、本当は委員長じゃないけれどそう見えるインチョーの前でしか、自分の音楽を奏でられない。

 だからいくら巧くても、部活として人前で演奏はしてこなくって、時間のある時に3人で集まってダベって演奏してた。そこにセッションしたいと飛び込んだチョコの申し出は、当然ながら即座に却下。それでも食い下がるチョコの熱意から、3人と同じ空間に居ることだけはは認められ、そして3人の少女と、チョコのブルーズを媒介にした青春の物語が幕を明ける。

 普通に学生をやっていそうに見えて、まれもマキミキもインチョーも、どこかクラスに居場所を感じられずにいて、だからそこから飛び出て3人でつるんでいる。自分の世界にこもりがちなまれ。留年して1つ年上なために周囲から浮いてしまっているインチョー。そして遊び人のように思われてしまっているマキミキ。普通だったらいじめられたりいじられたり、落ち込んだりひきこもったり、不良になったりするような3人なのに、そうはならないのは音楽が、ブルーズがあったから、だった。

 人種差別という、徹底的で決定的な差別によって抑圧された人たちの心からわき上がった、魂の慟哭とも言えそうなブルーズを、たかだか学校生活のモヤモヤとした日常に、嫌気が差しているだけの少女たちの助けとして語って良いのかな、というところが迷うけれど、学生にとっては学校だけが日常のすべてであって、それこそ世界のすべてでもある。そこに居場所がないのはそのまま、生きている今に明日がないのと同じ。それを癒し解放して導いてくれる存在として、彼女たちがブルーズに惹かれたのも当然だ。

 漫画の中で語られるブルーズの歴史や音楽の話、例えば太鼓は鼓動と連動して、大勢の人の心を解放して扇動してしまうから、叩くことが禁止された時代があったとか、29曲しか残さなかったのに、ブルーズの歴史にその名を燦然と輝かせているロバート・ジョンソンも、後ろ向きで弾いていたというエピソードが、ブルーズへの興味、音楽への感心をかき立ててくれる。マキミキもあれでしっかり吹きこなしてみせた、ブルーズハープのテクニックに、これなら自分にも真似できるかもと思わされる。とはいえマキミキが吹いたブルーズハープをその後に、吹いてドギマギすることは出来ないけれど。

 それぞれが思いを抱き、音楽に向かい3人の友情を確認しあっているまれにマキミキ、インチョーとは違って、後から加わり彼女たちの周囲で空回りしているように見えるチョコもチョコで、狂言回し的に3人の女の子たちの見かけに寄らない深刻さを、浮かび上がらせ、晴らしていく役割を果たしている。決していらないキャラクターではないけれど、それでもいつまでも脇役はかわいそう。いつか4人がセッションをして、何かを聞かせてくれる時が来ることを願いたい。

 そんな時、多くの人はブルーズという音楽に更なる共感を抱くのか、それとも日頃からあまり感じていない抑圧のはけ口としてのブルーズに、背を向けてしまうのか。満ち足りたと思っているようでいて、案外に鬱屈しているのが今の若者、本気で叩かれる太鼓の音に鼓動を煽られ爆発し、ちゃりこちんぷいと鳴り響くギターに全身を振るわされ、そして、自分を覆ってしまっている殻を割って、本気の生き方を探ろうと思うだろう。そんな瞬間が来ることを期待して、読んでいこう、続く限り。


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