月夜の晩に火事がいて

 「月夜の晩に 火事がいて 水もってこーい 木兵衛さん 金玉おとして 土ろもぶれ ひろいにいくのは 日曜日」−送られて来た予告状は謎めいた童謡、送られた人は四国の田舎町に続く旧家の主人。そして探偵は東京から身ひとつでその町へと乗り込んだ。

 なんて聞くとある世代だったら思い出すのはグチャグチャのトランクを持ったボサボサ頭で袴姿の例の奴。もっとも最近ではその名を出しても「謎はすべて解けた」なんて言うガキを思い浮かべる人が多くて話がこんがらがってややこしい。

 とりあえずは古い世代の端くれとして、伝奇とも猟奇ともつかない和風で土俗的な探偵小説の雰囲気が、田舎町と童謡と探偵の3つのお題から思い浮んだという事だけは指摘しておこう。さらに言えば現代を舞台にしながらも、未だ旧弊な伝統なり儀式が残る田舎町ならではの事件を乗り込んだ探偵が解決する、実にありがちな探偵小説の1つだろうと高をくくっていたことも、素直に白状しておこう。

 だが、流石は「青春デンデケデケデケ」などと言う、タイトルからして奇天烈な小説を世に送り出した芦原すなおが挑んだ探偵小説だ。「月曜の晩に火事がいて」(マガジンハウス、1900円)で描かれる田舎の町の猟奇な事件を語る、そのユーモアに溢れた語り口に冒頭からその他大勢とは違う面もちの探偵小説だと伺える。そしてラストまで読み抜けば、描かれる父と子の複雑にして深淵な関係を改めて思い知らされる。

 八王子から四谷にある探偵事務所へと電車で通う中年探偵の主人公。どうやら妻は彼との諍いの果てに飛び出した先で事故で死に、いまは独り身で便利屋に毛の生えた程度の探偵稼業を営んでいる。そんな彼のもとにかかって来たの1本の電話が、彼をかつて生まれ育った郷里の田舎町へと売れ出した。電話の主は昔少女の時代に一緒に遊んだ脇屋志緒。今は郷里の町に飲み屋「やまねこ」を開いてママになって暮らしていた。

 そんな志緒が彼を読んだ理由は、町で1番の大金持ちで代々当主が木兵衛を名乗る岩松家に、奇妙な手紙が舞い込んだからだった。書かれていたのが冒頭に掲げた「木兵衛」の名を含んだ不思議な童謡。実は当主の第7代木兵衛、本名第一郎の妾でもあった志緒は手紙に不吉な臭いを感じて幼なじみで探偵をしていた彼を呼び寄せたのだった。

 幼少の可愛らしさはどこへやら、今は下ネタも平気な傑女とも言える女性になった志緒の出迎えで木兵衛のいる岩松家へと上がった探偵は、5代目の養子で6代目木兵衛となった男の子として生まれ、志緒と6代目木兵衛の妻となった奈実の姉妹とは腹違いの兄妹に当たり、今は岩松家の執事をしている、幼なじみの畝一と再開するが、その畝一がいなくなり7代目も留守居の合間に岩松家で火事が発生、どうにか沈火したものの、今度は畝一と第一郎が相次いで死体となって発見され、予告が現実のものとなってしまった。

 以下はお定まりの探偵小説的展開、都会から来た途端に事件が起こったが為に胡乱な奴と睨まれた探偵が容疑をかわして推理を重ねて真相にたどり着くまでが描かれる。ただし惨劇に町が恐怖に打ちふるえ、好奇と排斥の目の中を探偵が血眼になって犯人探しに取り組むような、過去に類の多い探偵小説とはまるで違った展開が続く。志緒との会話は方言丸だしの下ネタ混じりで緊張感にはまるで欠け、やたらと丁寧な木兵衛屋敷のお手伝いさんとの会話は場の雰囲気を異なる次元へと運ぶ。

 それでいて時折挟み込まれる死んだ筈の妻からと確信して鳴っている電話を取り、話す探偵の描写が現実なのか、幻なのかが明確い語られていないが故の奇妙な浮游感へと読み手を誘う。挙げ句にお多福風邪に罹って頬と金玉を晴らして寝込む探偵の姿は、あるいは何かの暗喩かとも想像をかきたてられるものの思い当たる節もなく、脈絡に欠けたまま積み重なって行くエピソードが陰惨は筈の事件をますます見えにくいものにしている。もしかしたら最初から最後まで、夢の世界で起こっている事件なのかもとすら思えてしまう。

 真相は一応は理路整然と語られる。但し、まともな判断力が失われているが故の犯罪といった指摘もなされるほどに、解決に至る道筋は決して美しくもなければ鮮やかでもない。死期を悟った男の潔さなど都合の良すぎる展開も多々ありと、人によっては承伏し難い解決編かもしれない。だがそれが例えご都合主義だとしても、事件の遠因として挙げられた子を思う父の心の深さには、なるほどあるかもと納得できないこともない。妻からの電話を受ける夢を身ながら実は自分の心の奥底を見ているともとれる探偵の描写も含め、死んで居なくなってしまった者への自責の念が、案外に人の心に重い傷を残すものだということを、改めて思い抱かせる。

 謎解きの面白さにはやや欠けるものの、不思議なユーモアに溢れた会話を楽しみつつ、田舎町のほのぼのとした人間関係、そして背後で蠢くどろどろとした男女関係の機微を知るのも悪くはない。人間の心がつまりは1番ミステリアスってオチかいな、はあ。


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