殿がくる!

 10年ほど前に「ヤングアニマル」に連載されていた志野靖史の漫画『内閣総理大臣織田信長』は歴史に残るべき傑作だった。戦国時代において第六天魔王と呼ばれ、破天荒にして超合理的な思考でもって、次々に画期的革命的な施策を繰り出しては、日本を大激変させた織田信長が現代日本の総理大臣になるという、設定の突拍子のなさにまずは誰しもが驚いた。

 なおかつ細かい説明を抜きにして、平成の世に一族郎党ともども存在しては政党を作り、政権を奪取した織田信長が、戦国時代と変わらない合理的ではあるけどでもやっぱり破天荒な施策を繰り出して、日本を見かけは混乱させても根底の部分では正しい方向へとまとめ上げてしまうストーリーに、優柔不断とか欺瞞とかに溢れ、人気取りに揺れる今時の日本の政治家たちを、思いきり嘲笑してやりたくなった人も多いはずだ。

 あれから10年。政権の欺瞞の度合いはさらに高まり、中身の伴わないまま世間受けする言説を繰り出す、獅子の面に蚤の心臓を持った首相の虚勢ばかりが跋扈する今にこそ、織田信長総理の誕生を訴える『内閣総理大臣織田信長』が求められていると言える。けれどもどいう訳か単行本としては絶版になっている様子で、文庫の漫画として復刊されるという気配もない。

 もしかすると作品がくっきりと浮かび上がらせてしまう、現代の政治と政治家の間抜けさに、これは重大な国家機密の漏洩であると判断した政権なり当局が、圧力をかけて再刊を阻止しているのではないか、といった穿った妄想も出てきている。

 かくも面白く為になる漫画を読めない今を、ただただ残念というより他はないが、その代わり務めて存分な資格を持った小説がここに登場した。「第3回スーパーダッシュ小説新人賞」の受賞作にして福田政雄が書く「殿がくる!」(集英社、629円)のことだ。

 ストーリーは明快。タイトルもそのままに戦国の世から時空を越えて”殿”、すなわち織田上総介信長が現代日本に現れるという話。「本能寺の変」より1年程前、京の都で突然の光に包まれた信長は、そこから420年後の東京へと飛ばされて来る。そこで信長は丹羽新一郎という、信長家臣団でもトップクラスにいた丹羽長秀の末裔と出会い、彼の家に居候する。

 その時代。すなわち現代。日本は表面上は繁栄を謳歌しているように見えて、内実経済は停滞し、業績は上がらず、貧富の差は開くばかりで絶望から自殺者が大量に出現。国の方も発行した国債が積み上がって破綻寸前に陥って、明日潰れるか明後日崩壊するかといった状況に置かれている。加えて外交面では、近隣諸国との緊張感が増していて、米国との関係強化が必至と喧伝され始めていた。

 そんな時代に突如出現したのが織田信長。最初は新一郎をいじめていたチンピラが所属していたヤクザの組を事務所ごと壊滅に追い込むといった破天荒さを見せつけるだけに留まっていたが、日本や社会の変わり様を知るに至り、これを憂い嘆きつつも天下を我が手中に収めるチャンスと見て取り、行動を始めた。

 力が強いのは当たり前として、権謀術数渦巻く戦国の世を生き抜いただけに頭も良く、理解力も高い織田信長。株とギャンブルで財産を確保し、現代で生きていくだけの基盤を築き、ネットも駆使して情報を集めて着々と天下取りへの布石を打つ。一方でランボルギーニ・カウンタックを馬の如く操り夜の首都高を疾走し、むらがる敵を撃破し来なければ出向いて粉砕する。

 そんな信長の存在を、知ってから知らずか破綻寸前から起死回生の大逆転を狙って政府が持ち出して来たのが過去に類を見ない大愚策。これに怒り心頭した信長は、その行動力に惹かれた心ある日本人たちを従えて、政権打倒に向けて本格的に討って出る。

 「いま反発せねば未来はないぞ」と言い「他人の評価を恐れるな」「そんなものは後からついてくる。おぬしらが身を立て名を揚げれば、誰も文句など言う者はないのだ」「人生とはな、やったもの勝ちだ! 行動する者がすなわち勝者なのだ!」と鼓舞する信長言葉の何と強いこと。政策に失敗して国を破綻させた政権に向かって「責任をとったのか」と聞きただす直截さ。これがないから日本はますます傾いていく。

 読んだ人のおそあらくは99%が、信長の時空を到来を心より願うことになるだろう。たとえ無理でもこんな信長の10分の1でも破天荒で、且つ正しい政治家がいれば日本の将来にも期待が持てるのに、誰もが責任を先送りにして今の安寧にしがみつく。小説に描かれた日本は、もしかしたら明日の日本かもしれない。むしろすでにそうなっているのかも。

 漫画の『内閣総理大臣織田信長』と同じかそれ以上の喜びを、与えてくれる物語。漫画を探して叶わなかった人も、現代の政治の至らなさをただ憂いている人も、勝って読んでその内容の楽しさに腹を抱えてベッドの上をのたうち回ろう。是非にでも続編の欲しい所だが果たして。


積ん読パラダイスへ戻る