時は黙して語らない 古文書解読師・綱出正陽の考察

 瀬戸内海の小島を島外の者が訪ねて行く。そこで島の伝承を聞いた後、その伝承をなぞらえたような連続殺人が発生し、島外から来た者が探偵となって事件に挑む。まるで横溝正史の「悪魔の手毬歌」や「八墓村」のような伝奇的ミステリが、現代に復活したとも言えそうなのが、江中みのりの「時は黙して語らない 古文書解読師・綱出正陽の考察」(メディアワークス文庫、630円)だ。

 さすがに探偵役は袴姿の胡散臭い男ではなく、若き大学院生。兵庫県にある鐘川大学の大学院にある日本史研究室で修士課程に所属し、歴史学を学んでいた綱出正陽は研究室の大掃除中、以前に所属していた人物が借りたままでいた、<交島 土居家文書>なる古文書を発見する。

 これは返さないといけないと、持ち主の土居家に連絡をとって、さあ誰が返しにいくかとなって教授は忙しいからいけないとなって、綱出に白羽の矢が立てられた。自分も所用があるからと断りたかったものの難しく、いっしょに佐和山城趾を見に旅行することになっていた相馬克樹に断りの連絡をいれると、面白そうだからそちらに着いていくと言い出した。

 実家が裕福なのか卒業しても働かず、ウエブライターをしながらあちこちを旅して歩いている相馬は、綱手の旅費を持つからといって強引に交島行きに割り込んできた。2人は船に乗り、交島へとたどり着いて土居家を訪ねて平謝りに謝って、古文書を変換してこれで一件落着、とはならなかったことで一連の事件の幕が開く。

 天候不順で帰りの船が出なくなり、土居家に泊まることになった綱出と相馬は、土居家に泊めてもらうことになってそこで「白妙姫伝説」なる島の伝承を聞かされる。歴史や伝承に興味がある相馬は、交島に渡る前に近隣の島々の伝承類を片っ端から読んでいた。けれどもそこに「白妙姫伝説」はなかった。

 伝説は、島に攻めてきた水軍を相手に白妙姫が弓を持って矢を放ち、5人の敵を討ち果たしたものの深手を追って海に飛び込み、自死を遂げたというもの。島ではそんな白妙姫をしのんで、白妙祭なるものが5年に1度、開かれるようになっていた。伊予の大三島に伝わる鶴姫の話が変形して伝わったのか。それでも未知の話に興味を抱いたものの、翌日には晴れて船も出ることになって帰途に就こうとして港に行った綱出と相馬は、そこで船長が死んでいて、遺体に矢が刺さっている姿を発見する。

 好奇心旺盛な相馬は、これは好機と犯人捜しを始めるが、一方で島外から来たよそ者ということで犯人かもといった疑いもかけられる。それは即座に晴らされても、やはり居心地は良いものではなく綱出は帰ろうと相馬に言うが、そんな矢先に次の殺人事件が発生。そして相馬の好奇心から出る行動力が、真犯人らしき人物の元へとたどり着かせる。

 これで本当に一件落着、したかというとそうではなかったところが古い伝承になぞらえられた殺人事件がメインの横溝ミステリとは違った点。だいいち主人公の綱出が活躍していない。再び島を訪ねた綱出と相馬の前に、3人が連続して死んだ事件の背後にあった、20年前の殺人事件に関連して起こったひとつの出来事が浮かび上がって、古い伝承そのものへの疑問を提示する。

 除夜の鐘がうるさいという苦情が増えて、取りやめたり昼間に打つようにしたりといった対処が行われているという。古来の伝統に文句を言うなんてという声も出たが、除夜の鐘自体は1927年、上野寛永寺の鐘がNHKラジオで生中継されたことで全国に広まったもので、100年も歴史がないらしい。神社に参拝した際には二礼二拍手一礼すべきと言われているが、これも戦時中の1943年に至高された神社彩色行事作法によって定められたものに過ぎない。

 歴史もなければ伝統でもない行事やしきたりだが、何十年も経つうちにすっかり馴染んだ。それによって根拠も出来た。今さら変えろと言われても多くの日本人が親しんでいるものは容易には変えられない。アニメ「花咲くいろは」から始まった湯涌ぼんぼり祭りのように、伝統とは無関係でも、回を重ねて馴染んだ行事をより所にして結びつく地域もある。だから……。

 それが、交島で起こった連続殺人と、そして20年前の殺人の真相に近づくヒント。結果、やはり不要だとなりかけた時、解読師とまで呼ばれる綱出の古文書解読の能力が発揮され、未来に光明をもたらす。本当にそうだったのか、別の配慮があったのか、気になるところだが、万事収まればそれで良し。歴史に真摯な綱出のことだから、きっと嘘は言ってないと思いたい。

 歴史には人を浮き立たせる力がある。その力を解読によって引き出す。そんな物語が綱出によって、そして江中みのりによって紡がれていくと思いたい。


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