ちっちゃいホームズといじわるなワトスン 緋色の血統

 素人が触れてはいけないジャンルというものがあって、例えばクトゥルフなどについて知ったかぶりを言おうものなら、闇より大勢の眷属が現れて間違いを暴き、糺してそのまま闇へと引きずり込む。アーサー・コナン・ドイルが生みだした名探偵シャーロック・ホームズについても同様で、少しでも間違った言説が繰り出されようものなら、全世界に散らばるホームジアンたちが持てる知識で責めてくる。

 ホームジアン? シャーロキアンの間違いじゃないの? そう問うこと自体が既にホームズについての“分かってなさ”を露呈していることになる。日本でシャーロキアンと普通に語られているホームズ研究家を、ホームズが生まれた英国ではホームジアンと言うらしい。そんなことすら気にしていなかった、中学高校あたりでホームズ物を読んだ程度の読者が、果たしてどこまで読み込めるものなのか?

 そうした意味からも、城島大によるこの「ちっちゃいホームズといじわるなワトソン 緋色の血統」(講談社、1500円)という小説は、語るになかなかの困難さを持っていて、そしてなかなかの意義深さを持っている。

 ご存じ名探偵シャーロック・ホームズがベイカー街に帰ってきた。そんな噂を聞きつけやって来た、ホームズの冒険が大好きで自らを「ホームジアン」と称するシャーリー・マクレーンという女性は、事務所に飛び込んでそこで一生懸命にスツールを運ぶ小さな少女を見つける。彼女の名はリディア・ホームズ。あの名探偵シャーロック・ホームズの孫娘だった。

 幼い頃から祖父に憧れ、そして祖父が亡くなった今、その後を継いで探偵になろうとベイカー街やって来たリディアは、事務所に飛び込んできたシャーリー・マクレーンにそう自己紹介するものの、小さすぎるその容姿からシャーリーに信じてもらえない。あっさりと逃げられてしまったリディアは泣き出し、ずっとホームズの世話をしていたハドスンさんに慰められる。

 そこに現れ、リィディアに冷笑を浴びせたのがジェームズ・ワトスンという名の青年。リディアの推理の未熟さを暴き立てる関係は、かつてのホームズとワトスンの盟友関係とはまるで違っていたものの、実はジェームズの知り合いで、彼にリディアの様子を見て貰っていたシャーリーは2人の“再会”を喜び、田舎の館で死んだ主人が死体となって動き回る事件の解決を依頼する。

 シャーロキアンなりホームジアンなら、そこまでの設定からいろいろ想像ができそうだし、老境にあるホームズがワトスンから受けとった手紙を破ろうとしたという一件から、2人の関係がすっかり冷え切っていたのか、別の思いが2人の間にはあったのかという問題についても、自分なりの答を出し、リディアが推理してみせた内容について、是非を言うことも出来るだろう。

 そうではない、探偵物の原典としてホームズ物を楽しく読んでいた普通のファンでも、本当はどうだったのかと気になるホームズとハドスンの関係に、リディアやジェームズの解釈から迫っていくことができる。そうやって少しだけ詳しくなったその後に、ホームズ物を本格的に調べてみたいと思わせてくれる小説は、それだけホームズ物の匂いを醸し出していると言えるそうだ。

 リディアとジェームズが赴いたシャーリーの屋敷では、財産をめぐってシャーリーの夫の連れ子2人が関わる事件も起こってシャーリーが容疑者として疑われる。アリバイはなさそうで動機も十分。けれども違うと直観するリィディアの推理と、否定するジェームズのやりとりは、常にホームズが先を行って、ハドスンがそれを記録していた“主従”に近い原作とは違った関係が見えるし、展開にも独特の味わいがある。

 祖父からもそう断言され、自分に探偵の才能はないと分かっていても、誰かを救おうとその道に飛び込み、みなに向かって一生懸命に言葉を紡ぐリィディアという少女の健気さにも、原作とは違ったライトノベル的な萌えが感じられる。同時にリディアの持つ豊穣なまでの人間味が、推理という行為はいったい真相を暴くためにあるのか、それとも人を助けるためにあるのかを、考えさせてくれる。

 シャーリーと息子たちの関係に回復の兆しが見え、そしてワトスンからホームズへと宛てられた手紙をホームズが破り捨てようとした謎も解き明かされて、見た目は幼くともやる気だけは満々のリディアと、口は悪いけれど心根では正義を信じるジェームズのペアに、探偵としての実績がひとつ出来上がる。そんな2人がこれから、ベーカー街でどんな事件を解決していくのか。そんな期待を持たせる大団円のその後に、本当のエンディングが控えているから読み忘れなく。

 そこに明かされた真相は、名探偵を祖父に持ったリディアが、才能の欠如を指摘されながら、それでも血が騒いで探偵への道を歩んだのと根を同じくする血の運命が、ひとりの人間を恐れさせ世間を恐怖へと誘う。その物語は描かれるのか? リディアとジェームスの物語を読んでしまった今、旧来からのホームジアンならずとも、描かれて欲しいと心から願う。


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