シアター!

 やりたことをやれない世界に、生きている意味はない。かといって、やりたいことだけやっていても、生きていられるはずがない。

 だったらどうするか。やりたいことをやって、生きていられる人生にすれば良い。

 そのためにすべきこと。やりたいことを見つけよう。やりたいことを金にしよう。そのためにやるべきことをしようと、有川浩の「シアター!」(メディアワークス文庫、610円)が教えてくれる。

 不動産会社に勤める春川司に、弟の巧から電話がかかって来た。「お願い助けて−」。電話を叩き切って家に帰ると、弟がいて切々と事情を聞かされた。主宰している劇団から、団員がいなくなってしまったこと。制作が立て替えていた300万円を、すぐにでも返さなければならないこと。

 人気がない訳ではない。けれども儲けが出るほどでもないその劇団に、返せる金はまったくない。だったら解散するしかない。そう告げた司に巧はすがる。そして言う。「…届いていたって分かったんだ。だからもうちょっと頑張りたいんだ」。

 少し前、入団してきた女優がいた。しゃべればどんな声音でも出せる名演技。調べればレギュラーをいくつも持っている人気声優だった彼女、羽田千歳が大人気でもない劇団「シアターフラッグ」を希望したのには理由があった。

 とても楽しい芝居をしていたから。プロとして活躍している声優が、認めてくれたと巧は喜んだ。そして旗揚げからの10年近くを、それなりの人気を得ながらも、爆発できなかった原因を改め、売れる劇団を目指そうとして、劇団員から反発をくらった。

 やりたいことをやってきた。これからもやりたいことをしたい。けれども食べていかれない。やめるしかない?

 それはいやだと巧は思った。認めてくれた千歳にも悪いと思った。それ以上に、自分たちより長くプロとして食べてきた千歳に近づきたいと思った。立ちふさがる壁。金。そこで司を頼り、司は条件を出して300万円を用立てた。

 以後の経理はすべて自分が見る。ここから劇団「シアターフラッグ」の壮絶にして愉快な再生ストーリーが動き出す。

 劇団がどういった収支で回っているのかという情報。何の気なしに見ている劇団も、そんな苦労をしているのかと驚かされる。削れば削られる部分もあるし、工夫次第で稼げる要素もたくさんある。プロと自称して劇団を運営しながら、赤字続きに悩む主宰者にとって、なかなかに耳の痛い描写かもしれない。

 脚本が遅れればどんな苦労が生じ、どんな損が発生するのかという描写。某大家にも似た名前の脚本家を引き合いに語られる場面からは、遅筆の脚本家を抱えてしまった劇団の悲哀が感じられ、そういうものかと苦笑いできる。

 声優という存在。マイクの前でどんな声音を発することができても、動いて舞台の上で体で表現できるとは限らない。それでもファンの期待に応えられていると考える声優もいれば、それでは自分が満足できないと考える声優もいる。演技とは。ひとつの命題を突きつけられる。

 劇団女優という尊厳。劇団の初期から脚本家で演出家の巧を支えてきたという自負があり、舞台の上で羽田千歳よりもはるかに良い演技を見せていられるという自負もある。それなのに巧を本気にさせられなかった。売れる劇団にしようと思わせることができなかった。どうしてなのかと巡らせる思考に、演劇仲間でありたいという希望と、プロの女優であらねばという決意との葛藤がのぞく。

 幕が開いてからも次々と起こるトラブルは、急場をどうしのげば良いのかを教えてくれる。同時に、演技にかけるプロフェッショナルたちならではのすごみというものも見せられる。演劇とは何と素晴らしいものなのだと、強く激しく感じさせられる。のめりこみたいと思わされる。

 そこで立ち返る。やりたいことをやり続けるにはどうすればいいのか。やりたいことで食べていくには何が必要なのか。演劇に限らず小説でも漫画での落語でも音楽でも、それをやりたいと目指し、あこがれあがき続ける人たちが大勢いる。けれども、それで食べていけるという人は決して多くない。

 必要なのは、やりたいことをやるために、やれることをやり抜く気構え。あるいは覚悟。それを抱いてこそ、なおかつ実行してこそ舞台を作り続け、物語を描き続けられるのだと知ろう。


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