転転転校生生生

 田畑という少年が高校に行くと、なぜか転入を希望する生徒がいっぱいいた。名門校だそうで、上の大学にエスカレーターで進めるという噂が立って、その高校が転入生を受け入れるという噂も広まって、みながいっせいに転入を求めてきた。

 本当はそうではないけれど、訂正が間に合わないまま人ばかり詰めかけてきて、一般の生徒が学校に入ろうとしても、押し出されてしまう。それどころか、転入を希望するライバルだと思われ、転入希望者から攻撃されてしまう。

 これは困った。授業が受けられないからといった理由ではなく、あと少しで転校していってしまう、綾小路さんというクラスメートのお嬢さまの送別会ができず、したいと思っていた告白ができなくなってしまうから。どうしよう。困っていたところに、内田という、なぜか「ガグガギガ」としか喋らない少女と出会って、2人で何かしようと考える。

 その奇妙な喋り方もあって、学校では無視され気味だった内田と、唯一仲良くしていたのが田畑。そんな2人が門のところで観察したところ、自動車だったら普通に邪魔され、ず突っ込んでいけることが分かった。もっとも、田畑には乗って入るような自動車はなかったが。

 やっぱりどうしよう。考えていたところ、なぜか内田は仰向けになって、腕を上に差しだし「ガガギギゴッゲ(私に乗って)」と言い出した。乗るっていったいどういうことだ? そこで判明した内田の正体が、この物語の置かれている世界の、ちょっぴり不思議な有り様を見せる。

 内田の頑張りもあって、綾小路さんと話せた田畑は、ひとつの目標を得て、それに向かって進むことを決意する。そんな青春の1ページが刻まれ、驚かせつつちょっぴり泣かせる表題作に始まるのが、投げられなくなったプロ野球選手のリベンジを描いた「レッドアローズ」(講談社、1250円)に続く森野樹の「転転転校生生生」(講談社、1150円)という作品だ。

 そこには、今からちょっぴり未来の世界を舞台に、ひとつのモチーフで括られたエピソードが連作のようにつづられる。

 田畑と同じ学校に通う少女が、友人で巨体のドス子という少女といっしょになって動いているうちに、彼女の本当の姿を知ったりするエピソード。田畑の知り合いの少年が、謎めいたコーラを巡る騒動に巻きこまれて、ドタバタとした中を走りまわったりするエピソード。まだ年若い頃の綾小路さんが、流されるだけの運命を振り捨て、自分の思うように生きるんだと覚醒するエピソード。青春の一幕と同時に、そのモチーフならではの特質が物語に絡んで来る。

 野球部の女子マネージャーが、圧倒的なスラッガーになって帰ってきて、女子は出られないはずの甲子園出場に挑むエピソードは、最近流行のマネジメント物に似せて、逆方向へと突っ走る青春の熱さが描かれていて、気持ちを活気づかせる。誰かにやってもらうのではなく、自分で率先して引っ張る。その勢いで制度そのものも変えてしまう。青春のパワーに目が眩む。

 そんなエピソードたちに使われているモチーフは、内田の正体とも重なっていて、そういう存在が日常にとけ込んでいる時代ならではの、ドラマの可能性というものを見せてくれる。人間の中に内田を含めてそういう存在がいて、日常的には普通だけれども、れでもちょっぴり残るぎくしゃくを、親愛や理解で埋め合わせていく。そんな様子がつづられる。

 誰かと誰かの間の壁なんてものは、それを思う人の心の中にしかない。だから思う人が思いを変えれば、壁だってなくせるんだといった希望を抱かせてくれるエピソードたち。SF設定の世界で、人にそういう存在の可能性やポテンシャルへの思弁をもたらしつつ、友愛や博愛といったものの大切さを考えさせるメッセージ性も持った、連作集だ。

 ミステリー的な設定を持ったラストの1編で、願いに近づこうと必死な田畑の姿に、誰もが目標に向かって頑張ろうと思うだろう。田畑はちゃんと夢を叶えられただろうか。それだけが気になる。SFマインドがあってライトノベルファンで、新人が好きで未来に可能性を求めたい人は、読んでそれらのすべてが満たされた上に、圧倒的な面白さも味わえる「転転転校生生生」を今すぐ手に取ろう


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