異界兵装タシュンケ・ウィトコ

 超傑作にして超熱血な女子野球小説の「ぐいぐいジョーはもういない」(講談社BOX、1400円)からしばらく。樺薫が発表した「異界兵装タシュンケ・ウィトコ」(講談社BOX、1000円)は、巨乳が大好きという馬の姿をしたロボットが、己の恋路を邪魔する奴をけっ飛ばす、痛快無比のラブコメSF小説だった。ホントだってば。

 25年前に出現し、20年前に突然動きだし、大暴れしたものの、今は化石となって首だけの状態で、首府大学にある異界とやらを研究している研究室に置かれていた、巨大な馬のロボット。もっとも、死んでいるようで、しっかりと意識は持っていて、研究室に出入りする学者や、生徒たちをその目でしっかり品定めしては、会話に耳をそばだてていた。

 そこで出てくる女性が巨乳だと聞けば、ぜひに見てみたいと思うあたりの、何という助平さ。もっとも顔にはまるで出さず、というより出しようもないまま、ずっと化石の状態でいたけれど、その年、新入生として入ってきた貴志範子という女性との出合いが、化石の馬を沈黙から、喧騒の現世へと引き戻した。

 一目見て、範子に強い関心を抱いた馬のロボット。一方で範子も、研究室にひとりやって来て、馬のロボットが僅かに動いたような気配を感じ取る。ちょうどその時、馬のロボットが元いたらしい場所、異界の研究では第一人者として知られながら、10年前、突如失踪してしまった長木蓉という女性科学者が、久々に、それもほとんど歳をとっていない若々しい姿で、研究室に姿を現す。

 それは世界を揺るがす事件の前触れ。長木とは同級だった今の准教授を交えた対話の最中、研究室のあるプレハブを、突然襲う存在があって、範子や長木たちを危険に陥れる。それを感じたからなのか、それとも別の理由からなのか、ずっと化石でいた馬のロボットが、20年ぶりに実体を取り戻し、巨大な馬の姿となって、襲ってきた敵を迎え撃つ。

 その敵とは、異界に行っていて、戻ってきた長木を追って異界からやってきたものだった。久々の戦いで思うに任せず、苦戦する馬のロボット。そこに手を貸したのが範子だった。手綱を握り、鞍を締めるような行為を想像することで、範子は馬のロボットを導き、操って敵を倒す。

 なぜ敵は襲ってきたのは。彼らは、現世と異界との間に生まれ、広がっていたひずみを埋めようとしていた。現世を儚む人たちが、異界へと移住することで、生じたひずみを埋めようと、馬のロボットは、異界から現世へと押し出された。それでかろうじてバランスは保たれていたものの、馬のロボットの存在が、異界への関心を広げ、ひずみを押し広げ、やがて異界を現世へと落としかねない事態を、招きかけていた。

 止めなくてはいけないという企み。だからといって馬のロボットを失いたくないという気持ち。交錯する思いのなかで始まった異界からの攻撃に、馬のロボットは範子を乗せて颯爽と立ち向かう。そこへと至る物語の途上、異界から来た女性兵士や彼女を見張る軍人の物語が差し挟まれる。

 それは、なぜか女性兵士がかつて経験した、女子による野球の物語。それなりの力量を持ちながら、女子であるが故に公式戦に立てなかった女性の日々が綴られる。やり抜いたと本人は思っていても、周囲の評価はまるで違っていたことを知って受けた絶望が、彼女を異界へと運ばせた。未だかなわぬ女子による公式戦への登場への警鐘を、「ぐいぐいジョーはもういない」と同様にならしたエピソード。ここだけでも読むと楽しい。

 あとは、範子らとともに学会のある沖縄に行って、遠くから水着を眺め、悦に入るロボットの馬の、みずみずしい生命に貪欲な姿とか。攻撃によっていったん活動を停止しながらも、その動きを再会させるにあたって必要だった“物語”でも、おそらくは端的で端正な物語ではなく、雑多で猥雑な物語が綴られたのだろう。生命とはなるほど、きれい事ばかりでは立ちゆかないものなのだ。

 最後の戦いでは、ちょっかいをかけてくる異界の男に蹴りを入れる馬のロボット。恋路を邪魔する奴に蹴り。故事にならった正しい振る舞いに笑みも浮かぶ。ともあれ一段落がついたあと、馬のロボットは命をつないで、今も範子とよろしくやっているのだろう。違いすぎる存在でも、果たして恋仲になれるのか。それとも次の世代へとつないで、新たなる巨乳へと馬のロボットの目を向かわせるのか。

 現世に戻った女性兵士も、ふたたび野球をするのか。さらには長木が、いったいどんな突拍子もない研究成果をみせてくるのか。続いてくれるのなら読んでみたい、教えてもらいたい事柄も多々あるものの、これにて終わりでも十分に楽しめる物語。どうしてそこまで巨乳好きになったのか、それだけは馬のロボットに聞いてみたい。


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