魂の駆動体

魂の駆動体

 神林長平氏は、書き下ろしの最新作「魂の駆動体」(波書房、1800円)の中で、意識を生じさせるのは魂だと書いている。

 翼人たちが生活する遠未来、死滅した人間を研究するために、1人の翼人が人間に変身して、人間の暮らしを体験し始める。その身の回りを世話するために、生体型アンドロイド「アンドロギア」が作られたが、翼人の観察では、アンドロギアは意識を持っていなかった。

 「いかにも自己を意識しているかのような反応も、よく観察すれば、それらはアンドロギアの自己保存機能にあらかじめプログラムされた、言ってみればルーチン的、関数的な、入力に対して決まった数値を出力する、という自動的な反応でしかない」(243ページ)からだ。

 しかしある日、発掘されたクルマの設計図を見て、アンドロギアは「これは私が書いたものだ」と言い始める。そして「私とはだれだ」と疑問を持つ。意識が生じたらしい。

 「魂の駆動体」では、アンドロギアに意識をもたらしたのは魂だと書かれている。「きみ(アンドロギア)の意識が人工的に作られたものなら、きみの意識については、ぼく(翼人)にも予想できる種類のものだろう」(260ページ)。しかしアンドロギアが、翼人のデータにない未知のクルマを知っているということは、過去、クルマの設計図を書いた人間の魂がアンドロギアに入り込み、意識を芽生えさせたのだということになる。

 人はどうしてクルマが好きなのか、というところからはじまって、意識と魂の関係へとストーリーを発展させていく神林氏の手法の見事さには、毎度のことながら驚かされる。本年度のベスト1といっても過言ではない。

 時空間の征服を「個人」に約束した自動車が、産業として巨大化するに従って、渋滞や公害、事故などの災いをもたらすにいたった歴史が、藤原書店からさきごろ出た「自動車への愛」(W・ザックス、3800円)に書かれている。自動車の草創期にも似た、未知の自動車の開発に胸躍らせる者達の感動が描かれた「魂の駆動体」と併せて読むと面白い。

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