高天原探題

 宇宙より飛来した異形を相手に、少年少女が巨大な二足歩行兵器を操って戦う「ダイナミックフィギュア」が、日本SF大賞の候補になった三島浩司。そこには個人の感覚に干渉する存在が登場したが、「高天原探題」(ハヤカワ文庫JA、640円)ではまた少し違った形で、感覚に干渉してくる敵を相手に挑むストーリーが繰り広げられる。

 あちらこちらに突然のように土塊りが現れるようになった世界。とりわけ日本では、過去にひとつの事件を経たことで、そうした土塊の中から、そこに誰かが存在していることを意識させなくなってしまう力をふりまく人が現れるようになった。また、不忍(シノバズ)と呼ばれる、見た人を行動不能にさせる存在が現れるようになって、人間社会に混乱を起こしていた。

 シノバズを見ると行動不能になるのは、どうやら動機というものを奪われてしまうからで、人によっては食べる動機すら失って、命の危険に陥ることもあった。政府は周辺で事件が多く発生する京都に、シノバズや玄主と呼ばれる土塊から救出され、変わってしまった人間に関わる事件に挑む部隊を結成する。

 それが「高天原探題」で、シノバズによって認識不可能にされないよう注意して近づき、鉄の棒でシノバズを叩いて沈黙させて来た。とはいえ、プロでも油断すれば落ち、そして玄主と呼ばれる人が化けた者が相手だと、もっと大きな被害が起こるため、高天原探題の被官たちは、常に危険と背中合わせの戦いを繰り広げている。

 そんな高天原探題に入った寺沢俊樹という青年が物語の主人公。 かつて寺沢は、すべての発端となった第1号玄主が“誕生”する場に行き合わせた。というよりも、半ばその“誕生”に手を貸す形になってそれ以降、日本に限ってシノバズも現れるようになったことから、事件そのものの中心にいる人物でもあった。

 もっとも、そうした事への責任感というより、自分で土塊から引っ張り出して助け、後に第1号玄主と呼ばれるようになった皆戸清美という少女に会いたいという動機を強く抱いて、寺沢はまず京都市の公務員になり、そこから高天原探題へと出向するという形で加わって、日々の戦いを繰り広げながら、清美に会える日を待っていた。

 観る人の認識を狂わす強い力を持つため、衆人の目から隠蔽され、遠ざけられていた清美に寺沢は、なかなか会うことが出来なかった。ようやく居場所を知り、許可も得て清美と再開した寺沢は、誰もがすぐにその存在を認識し続けられなくなる彼女と普通に会話をし、清美との仲をだんだんと深めていく。

 もっとも、強いいましめを自分に課すことで、玄主やシノバズを認識し続けられる“持戒者”という一派が、玄主を一種の神だと認め持ち上げるような風潮が強まって、第1号玄主の清美にもそうした勢力の圧力が迫って行く。騒動も起き、その中心と目されてしまった清美を危険だからと処分しようとする動きも出る中で、寺沢は彼女のために行動する。

 そんなストーリーを中心に、さまざまな人間が絡んで物語は進む。寺沢と同じように、清美を見ても衝動が強すぎて彼女を認識し続けられるクスコロこと久須衣という少女とか、清美の兄とか寺沢の先輩たちとか、絡んでくるそれぞれの人物たちのそれぞれの思いや思惑を受けつつ、それでも寺沢は清美を求め、清美も寺沢にすがろうとする。

 浮かぶのは、何者かが人を神の境地へと導こうとする意思であり、そうした意思をおしのけてでも、誰かといっしょにいたいと願う人間らしい情念。どちらが正しいのではなく、どうしたいのかという部分から選び取られた未来はなるほど美しく、そして羨ましくもあって、そこに何者も入り込む隙間もない。入れば馬に蹴られて死んでしまうという、そんな間柄。だから見守るしかない。そういうものだ。

 日本的で土俗的なタームを多く含んだ物語と、京都という古都を舞台に選んだ展開から浮かぶのが、漫画家の諸星大二郎による「暗黒神話」という作品だ。山門武という名の少年が、運命に導かれるようにして日本中を旅しながら、だんだんと神に近づいていくという展開と、大和や諏訪、出雲、九州といった場所にある古代史の文物を独自の解釈で見せた設定から、教科書に書かれているものとは違った歴史を感じて、強く引きつけられた人も多い。

 「高天原探題」にもそんな「暗黒神話」に似て、人が神に近づこうとしているストーリーがあって、それをボーイミーツガールというエンターテインメントのフォーマットに収めつつ、「暗黒神話」で山門武も迫られた、神になるべきか人に留まるかといった選択を提示して読む人に迫る。自分ならどうしたか。愛を選び人を選んで踏みとどまったか。考えてみたくなる。

 そもそも土墳はどうして清美を飲み込み、そこから救われたことで彼女はら玄主となったのか? 清美を助けた寺沢は、どうして力を発揮するようになった清美を見ても忘れることがなかったのか? 誰もが破壊せず戒めを持って生き続ける世界は素晴らしいのか違うのか? 個別の謎から世界の謎まで、読み終えてなおいろいろと思索を巡らされる物語。ここから別の何かストーリーが紡がれ得るのかと、期待してみたくもなるが、果たして。


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