週末陰陽師 〜とある保険営業のお祓い日報〜

 古代ローマ好きの高校生が月の女神によって飛ばされた先で、なぜか少女となっていたユリウス・カエサルならぬユリア・カエサルと出会って、怠惰なカエサルを支え歴史がしっかりと進むよう取り組ませる「ユリア・カエサルの決断」(オーバーラップ文庫)と同じ遠藤遼という作家が、生命保険業界に関する高度な知識と営業の大変さと、そして怨霊の類との戦いをまとめてぶち込んだ小説を書いていた。人間の知識と興味の幅広さ、そして作家というものの能力の多彩さを感じないではいられない。

 そんな遠藤遼による「週末陰陽師〜とある保険営業のお祓い日報〜」(スカイハイ文庫、700円)は、現代も続く陰陽寮で学び才能もありながら在野の陰陽師となった青年が、生命保険を売りつつ調伏もしているハイブリッドな内容になっている。ライトミステリで流行のお仕事ものと言えば言えるけれど、保険の部分は主人公に外回りをさせる一種の方策であって、調伏の部分ではしっかりと陰陽師としての能力を振るう。そこに保険営業の知識は関係ない。2つの職業をしっかりこなすダブルワークものと言えば言えるのかもしれない。

 それこそ安倍晴明の時代から、連綿と日本に受け継がれてきた陰陽師を育成しては世に送り出し、妖怪変化や魑魅魍魎の調伏に当たらせ日本を陰から支えている陰陽寮で、高い能力を持っていたが故に政治が絡むような案件を担当するくらい、小笠原真備という青年は優れた陰陽師だった。けれども、今は在野の陰陽師となって、生命保険の営業で生計を維持しつつ陰陽師としての仕事もこなしている。そこには長い伝統と格式と、そして因習を持つ世界ならではの妬みなり、高い能力を持った人間への嫉みがあった。

 裏切りとも取れそうな辛い経験があって、陰陽師の世界も大変だとは思わせるものの、小笠原真備自身はそのことを酷く憤ってはおらず、仕方が無いといった感じに泰然と受け流しているところに救いがある。人を呪わば穴ふたつ。そんな戒めを護っているのか、元より人がいいのか。ともあれ今は在野の調伏を嫌がらずにこなしているところを見ると、元からそういったことが向いていたのかもしれない。

 もっとも、陰陽師の腕前と生命保険営業の能力とはまったくシンクロしていないのもまた事実。小笠原真備は週末だけを陰陽師として働きながら、普段は生命保険の営業として仕事に追われノルマに悩み、所長のパワハラに苦しみつつ、そして所長が放ってくる生き霊の愚痴を聞きつつ、陰陽寮でも生命保険会社でも先輩という御子神ゆかりの助けを両方で受けながら、裏と表の仕事に取り組んでいく。

 そうした保険の営業で小笠原真備が繰り出す知識は本物で、読めばいったい生命保険とはどういったもので、どういった種類があってどういう場合にはどんな保険がいいのかといった情報がたっぷりと得られる。自分が入っている保険は大丈夫だろうか、営業の女性が勧めるままに入ってはいないだろうかと契約を見直したくなる。

 金額こそが命の営業にあって、相手のことを慮って種類を考え、適切なものを勧める小笠原真備のような営業に当たってみたいとも思えるけれど、そんな成績では普通はクビになるから出会えない。小笠原真備の場合や優秀な御子神ゆかりが先輩にいて、そして陰陽寮を支える人たちが保険にも入ってくれるからノルマを支えられる。この社会、陰陽師が生きていくのも大変なのだ。実際に陰陽師がいるかどうかは分からないけれど。

 陰陽師だから小笠原真備は卦を見られるらしく、どこに行けば良いかを占って行った先で何件目かにようやく出会えた二条桜子という名の少女がいて、彼女に招き入れられ興味も持たれ契約してもらって嬉しかった上に、桜子から生命保険に入ってもらえそうな人を紹介してもらえた。そして2人で出向いていっては、中小企業を経営している社長夫婦とか、公務員を夫に持つ女性とかに保険を進めつつ、なぜかいつもついて回る調伏の仕事もこなすはめになる。

 桜子が紹介する先々で、いったいどうして霊的な動きが起こるのか。そこにあったある理由と、その原因になっていた大仕掛けに驚ける。すべてを知って読み返せば、確かにそうした配慮があった。果たして気がつけるのか? 読者としてはともかく登場人物の小笠原真備や御子神ゆかりが気付いていながら、そのままにしていたのはどうしてなのか? 改めて読み返しながら考えてみたくなる。

 出会いどうにか関係も出来て、そして始まる小笠原真備と二条桜子というバディによる保険&調伏ストーリーがこれから展開されていくのかが気になるところ。美人で保険営業の成績も優秀で陰陽師としての力も持っている御子神ゆかりはそこにどう絡むのか。姐弟子という立場で居続けるのか。気弱そうに見えて結構な強さを誇る小笠原真備というキャラクターがなかなか良いので、3人による恋心も交えつつパワフルな調伏も繰り広げられる物語が、また登場してくれることを願いたい。


積ん読パラダイスへ戻る