隙間女 (幅広)

 “隙間女”という都市伝説がある。タンスと壁の間から、部屋にいる人間をじっと見つめる1人の女。そのシチュエーションを思うと、恐怖に背筋も凍る。けれども思う。彼女は、いったいどういう状態で挟まっているのだろうか。

 壁かタンスの裏側に腹か背を向け、するりと入り込んだ上に顔だけ曲げて、隙間から外を伺う、というのが、全体に平べったい人間の体の仕組みを考えた時のスタイル。そこで仮に、体がふくらんでしまって、壁に入れなくなってしまった状態があったとしたら、ふくらむのはおなかだったり、お尻だったりするはずだ。

 胸がもっこり膨らんだ状態も、可能性としては考えられるが、それが食事の摂りすぎくらいで起こることはほとんどない。いずれにしても、前後にぽっこりとふくらんでしまった状態を指すのだとしたら、それを“幅広”というのはすこし違う。

 幅というのが、人間にとっては真正面の胸を前から見て、左右の長さを指すものだとしたら、幅広というのは、そうした左右が横に広がってしまっている状態を指すことになる。もっとも、そうした左右にふくらんだ状態なら、厚さにはさほど影響がなければ、隙間にはちゃんと入れてしまって、入れないと泣くような展開には至らない。

 しかるに、丸山英人による「隙間女(幅広)」(電撃文庫)に登場している、部屋の主がいない隙に、部屋にあったスナックやら何やらを食べ過ぎて、ふくらんでしまって壁とタンスの隙間に入れなくなってしまった隙間女の美少女は、その状態を幅広と呼ばれている。彼女は食べると左右に広がる体質の持ち主だったとうことなのだろうか。

 けれどもそれなら、厚さに影響はないから、タンスと壁の隙間はしっかり入れてしまう。分からない。難しい。悩ましい。けれどもそれはどうでもいいこと。本来なら隙間にあって、名状しがたい恐怖を放って住民を脅かす隙間女が、その存在意義たる隙間にいられなくなってしまうというシチュエーション、けれども広い場所には出られず、机の下にもぐりこんで震えているシチュエーション、そのことが面白いから幅広だろうと肉厚だろうと関係ない。

 だいたいが「隙間女(肉厚)」でそそられるか? だから良いのだ、「隙間女(幅広)」で。

 さて物語は、そんな幅広になってしまった隙間女の減らず口を、見られていた少年が叩き直しつつ、いつかちゃんとした隙間女に戻れる時を共に願って、街に連れ出したりしながら鍛錬に励むというストーリーがあり、鏡から現れた魔女によって頬に深い傷をつけられ、人相が悪くなって恐れられるようになった少年が、転校した先でその魔女を見つけ、正体を暴こうとしてより恐れられるようになった果てに、ひとつの切なくて、そして優しい真相を知るストーリーが続く。

 言いたいことを言えない悩みが、額に人面瘡を作り出してしまった少女のストーリー。ひとりでいるより誰かといた方が、それがたとえ妖怪変化の類でも、心は満たされるというものだ。事故で死亡した際に、名字の花粉を“はなこ”と間違われ、トイレの花子さんにスカウトされてしまった少年が、女子トイレにとりつかされる羽目となり、そこにやってくる、お嬢様なのになぜかトイレで昼飯を食べる少女と、妙なやりとりをするストーリー。階層化されグループ化され、外れればはじかれる今の学校という場のもやもやが浮かび上がる。

 定型のパターンによらず、いろいろな角度から都市伝説、学校伝説、妖怪伝説の類を物語にしていく、ユニークな連作短編集になっている「隙間女(幅広)」。類を辿れば、ほかにもいろいろバリエーションを出していけそうだが、ひとまず文庫は隙間女(幅広)で始まり、隙間女(幅広)で終わっていたるから、これで完結と考えるのが良いのだろう。

 伝承の類にあらわれる怪物妖怪化物の類が、お茶目で騒々しい美少女というあたりは、クトゥルーの異神が美少女化して現れ、大騒動を巻き起こす逢空万太の「這いよれ! ニャル子さん」に似た雰囲気。あるいは、お岩さんと花子さんが学校に現れ、少年を巻き込み夜の街を走り回る猫砂一平「末代まで!」にも重なるテイストを持っている。ここに連なる「隙間女(幅広)」を含め、同時多発的な擬人化美少女化ムーブメントの中で出てきた様々な作品が、次に狙うのは何の擬人化、美少女化か。期して待とう。


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