すべてがになる
THE PERFECT INSIDER
 「新本格派」とひとくくりに言ってしまうには、ずいぶんと文体や方法論の違う人が出てきたから、ちょっと難しくなっているのだが、講談社ノベルズから発売される推理小説の新刊には、おおむね「新本格派」と呼ばれる人達、あるいはそうした人達を目指して小説を書き始めた人達の作品が多い。

 それから、「新本格派」の人達が、そのさらに先輩にあたる島田荘司さんから推薦を受けて登場して来たのと同じように、講談社ノベルズから出る新人の人達の新刊には、「新本格派」の人達の推薦文が寄せられることが多い。京極夏彦さんしかり、それから今回の森博嗣さんしかり。京極さんの場合、ご本人が述べられているように、持ち込んだ先がたまたま講談社ノベルズ編集部だっただけで、「新本格派」を目指して小説を書き始めたという下りは当たらないが、すくなくとも僕は、「講談社ノベルズズ+新本格派の推薦=読んで損はない」という図式で京極さんを読んだ。

 「すべてがFになる」を読んだ理由も、やっぱりそんな図式にあてはまる。この作品には、綾辻行人さん、法月綸太郎さん、我孫子武丸さん、有栖川有栖さんという、そうそうたるメンバーが推薦文を寄せている。曰く「これぞ本格ミステリ!」(綾辻)、「諸君、脱帽したまへ」(法月)、「シャープで破壊力抜群」(有栖川)。なかでもこの本の中身を、気取っているようで実に端的に言い表していたのが、我孫子さんの推薦文だった。

 「リアルオーディオよりCOOLでJAVAよりもHOT。ずっと8ビットだったミステリの世界もこれでようやく32ビットになった。最新のブラウザの用意を。」

 インターネット好きの我孫子さんらしい推薦文だなと始めは思った。そして本文を読み進むうちに、コンピューターが大切な鍵として登場するストーリーに引っかけたのだということに気が付いた。最初、なんのことか解らなかった「すべてがFになる」というタイトルの意味にも、ようやく合点がいった。

 子供のころから天才科学者として名をはせていた女性が、両親を殺害するとう犯罪をおこし、無罪になったものの以後は孤島の研究所の奥深くに閉じこもって、一歩も外にでなくなる。10数年の歳月が流れたある日、島にキャンプに訪れていた工学部助教授が、教え子とともにその天才科学者に会いに出かけ、ウエディングドレスを来て台車に載せられた姿で殺害されていた天才科学者の姿を発見する。

 UNIXだとかOSだとか、コンピューターのことをあまり知らない人が読んで、はたして解るのだろうかと心配する部分もあるが、仕掛けの鍵になる部分は、コンピューターの知識がない人でも、暗算が不得意な人でも、十分に納得のいく説明が加えられているから、安心してよい。

 通読していみると、ちりばめられたエピソードのそれぞれが、事件の発生から解決までを都合よく進めるための小道具として用いられている感じがして、いささか収まりがよくない。暗算のエピソードもそう、大学に突如あらわれる馴れ馴れしい女性もそう、大学院生の短い髪の描写もそう。それから工学部助教授の生徒で、大金持ちのご令嬢のキャラクターも、世間知らずのお嬢様という感じでも、白鳥麗子でございます、おーほっほっほっほっほの感じでもなく、妙にふらついているような気がする。

 しかしながらデビュー作にして、大仕掛けと謎解きの醍醐味を読者に味合わせる腕前は流石なもので、第2作、第3作も是非読んでみたい、主人公やその他のキャラクターがどう動いていくのかを見ていきたいと思った。裏表紙の折り返しには、すでに4作品のタイトルが次回以降の予定として記載されている。自信家なのか、たんなる自己顕示欲の権化なのかわからないけれど、本人も、編集者も、第1作で読者を獲得し、第2作以降も読者をつなぎとめておくだけの中身の濃い作品を書き続けられるのだと、確信していいる現れだろう。

 何よりも、愛知県を舞台に愛知県の大学に務める探偵が活躍する話。愛知県出身の人間にとって、これだけでも読むには十分な理由だ。次の舞台は幽霊の出る伊勢神トンネルか、あるいは仏法僧の鳴く鳳来寺山か。インターネット日記界の総本山、豊橋技術科学大学だったら楽しいかも。あそこは陸の孤島だから(えへへへへ)。


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