スター・ハンドラー

 「いい性格してるなあ」なんて読んで思わせる小説の主人公は過去に枚挙の暇がないくらいいるけれど、その強さその賢さその傍若無人さでもって1人宇宙の荒波を渡っていこうとしている少女、ミリ・タドコロの性格の凄さ素晴らしさは、宇宙いい性格してる美少女ランキングの確実に上位に食い込んで来るだろう。

 草上仁の長編「スター・ハンドラー 上」(朝日ソノラマ、495円)で主役を張る少女がこのミリ・タドコロ。動物のお医者さんならぬ異生物の訓練士「スター・ハンドラー」を養成する学校に通っていたが、卒業試験で理事長夫人のスカートにハムラビニシキヘビを潜り込ませてしまうという失態をやらかし(ハムラビニシキヘビを蝶結びにするテクニックを披露しようとしたらしい)、かろうじて退学にはならなかったものの成績ランクは最低をつけられたため就職先が決まらず、ぶらぶらしながら祭りの縁日を歩いていた。

 貧乏な中を工面してようやく買ったソフトクリームを持って歩いていたミリを呼び止める声があり、ふりむいたところ手がぶつかってソフトクリームが汚れてしまう。そこで放った言葉が「弁償してくれるか、ジャガイモ?」。そのぞんざいさも去ることながら、金を受け取った瞬間「どうもご親切に」を愛想をふりまき始める性格はしたたかというより他にない。

 加えて「ジャガイモ」からピンカリ(爬虫類の一種らしい)乗りの競技に誘われて「今、爬虫類な気分じゃないだ。さよなら」と袖にしておきながら、「バイト料として五百−いや、六百出す」と誘われた瞬間に「そのピンカリはどこだ?」「爬虫類は大好きだ」という切り替えの早さ。いったいどんな育ち方をしたらこれほどまでに「いい性格」になれるんだろうと思えてくる。

 ともかくも誘われたピンカリ乗りの競技で訓練士としての才覚を活かしうまくピンカリを乗りこなしたところ、たまたま来ていたゼネラル・ブリーディング社の支配人に見初められ、訓練士として就職が決まってしまう。なんというラッキーかと思いきや、最初の仕事がいきなりの大仕事で、宇宙でも屈指の凶暴さを持つ生物、というか怪物のヤアプを捕まえ、歌手で王位継承者で大金持ちでギャングの幹部という宇宙でも屈指の有名人、ペテロ・シュルツのボディーガード用に調教する仕事を割り当てられてヤアプがいる宙域へと向かった所、ペテロ・シュルツに良くない、あるいは良すぎる感情を持つ女性から妨害工作を受け、とんでもない羽目に陥ってしまう。

 出てくるキャラクターのすべてが「いい性格」の奴らばかり。森岡浩之の「星界の紋章」に登場するスポールに互す美貌と凶悪さと残酷さと情け深さを持つ、元プロレスラーで女優で殺し屋でもある身長2メートル10センチのナイスバディな美女、ユーニス・ザ・グレイトの圧倒的な存在感。私服を肥やそうとする政府首脳の割を食って、軍隊のほとんどが民間企業へとアルバイトに出てしまっている小国で唯一残った艦隊(?)を指揮する人々の、職業意識に忠実なのかそれとも単なる愚鈍なのか判然としない姿に画された爆笑の真実。面白くって涙が出てくる。

 ミリの仲間関係でも、内面感情のいちいちすべてを口で説明しながら行動する鼻ぼくろが特徴のハンター、ジャブルに機械の取り扱いが苦手で事務のすべてをプラシートの電子書類で処理する関係で書類の置場所を(わざとも含めて)間違えた挙げ句に不幸になる人続出の女性、ミズ・ワイズほか「いい性格」のオンパレード。まるで吉本新喜劇のような”決め技”を持ったキャラクターたちりが織りなすドタバタ劇がとにかくおかしい。

 もちろんそこはベテランSF作家だけあって、おかしさ面白さに潜ませたアイディアの冴え、設定の妙、伏線の深さもなかなかなもの。異生物を手懐ける訓練士の行動様式は動物学的な知識に(たぶん)のっとったものだし、薬缶のような形をした宇宙船にも理由があって、その形状が原因で起こる危機にも鮮やかな解決策を示してくれる。上司となる人から「丁寧にお願いしなさい」と諭されて、丁寧にお願いし直した言葉が「どうしてだ、サー、プリーズ」になってしまう頑なさを持つミリの「いい性格に」も生い立ちという理由があり、その生い立ちから伸びる伏線が意外な展開を予感させる。

 危機に次ぐ危機を乗り越えた果てに訪れた最大の危機にどうするミリたち御一行! というところで上巻の終わりとなってしまうのが悔しくも残念で、いち早い下巻の刊行がただただ待たれる。もっとも下巻で一件落着となったところで、これほどまでに立ちまくったキャラクターたち、これで終わりになるとはちょっと思えない。さらなるドタバタと感動の物語を期待しつつ、晴れて幕を開けた”スペース新喜劇シリーズ”の誕生を今は心から祝おう。


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