ひとりぼっちのソユーズ 上・下

 1969年にアメリカのアポロ11号で月面到達を成し遂げた人類だけど、アメリカによる1972年のアポロ17号を最後に、人間も動物すらも月面へと送り届けられていないでいる。

 技術が足りないわけではない。やればできる筈のものであっても、やるために使うお金をやっただけの成果として取り戻せなければ、やる意味がないと気づいてしまった。それで月面への意欲を失ってしまった。定期的に宇宙ステーションとの間を行き来するシャトルすら、アメリカは止めてしまった。

 もう人類は月面への意欲を取り戻せないのか。その先に訪れると期待された月面開発の夢や、宇宙移民の希望を人類は叶えられないのか。七瀬夏扉による小説「ひとりぼっちのソユーズ」(主婦の友社、上下各1400円)が、そんな問いへのひとつの答えを示してくれている。

 日本人の父とロシア人の母の間に生まれた少女・ユーリアと知り合った「僕」は、宇宙が大好きで、いつか月に行くんだと歌えるユーリアから、人工衛星と同じスプートニクという愛称を付けられ、自分をソユーズと呼んでと命じられる。仲良くなった2人は宇宙への思いを募らせていく。

 成長して疎遠になった時期を経て交流を再開した「僕」は、親の仕事で種子島へと移住したただユーリアを尋ねる。そこでユーリアが病弱で、宇宙飛行士にはなれそうにはないことを知る。「僕」は約束する。自分が宇宙飛行士になって、ユーリアを宇宙に連れて行くと。

 そんな2人の物語は、ユーリアは研究者となって軌道エレベータの開発に重要な役割を果たし、「僕」の方は訓練を経て月面に降り立った初の日本人となって、共に宇宙開発にその名を残すようになる。そして、月面の資源開発から始まって月面への移住が進む未来のビジョンが繰り出されて、宇宙への夢をかきたてる。もっとも……。

 世界史の上で人類が排除できなかった格差の問題が、月面へと移住した人たちの中にも生まれていく。一方で、月面で初めて生まれた少女・ソネーチカが地球へと帰還できない状況の中、「僕」の庇護下で成長していく。そうしたストーリーを通して、宇宙時代に人はどのように暮らしていくのか、社会はどうなっていくのかといったビジョンを見せていく。

 もしもそれが実現するなら、人類はまた宇宙開発に向かっても良いと思わせるくらいには、楽しげなビジョンが繰り出される。けれども……。

 さらにとてつもない事態が起こって、もう初老となった「僕」の意識を遠く彼方のブラックホールへと向けさせた物語は、人類が争わないで宇宙に進出していく困難さを強く激しく問いかけてくる。どれだけ繰り返しても、幸福な結末へと至らない展開に絶望したくなるけれど、それでもひとつは幸福の中に収斂したビジョンがあった。そのために人は何をすべきかを物語から感じ取りたくなる。

 宇宙開発物であり、時間ループ物でもあるストーリー。「僕」が頑張った時間線があり、そしてユーリアが頑張った時間線もあって、それらがお互いに呼びかけ合うことで少しずつ、最良の未来へと近づいていく構図が圧巻だ。宇宙の果てのブラックホールから届く意味が分からない信号が、もしかしたらそんな未来への道をひらくきっかけをくれるかもしれない。

 月を見上げて宇宙を思い、深淵からの声に耳をそばだてよう。その先に地球の上で朽ちていくだけの人類を高みへと、そして遠くへと導く鍵があるはずだから。


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