ひとりぼっちのソユーズ 君と月と恋、ときどき猫のお話

 新海誠監督のアニメーション映画「秒速5センチメートル」に登場する遠野貴樹という少年と、篠原明里という少女のの間にもしも月ロケットという共通の興味があったら、どのような展開となり結末を迎えたのだろう。七瀬夏扉の「ひとりぼっちのソユーズ 君と月と恋、ときどき猫のお話」(富士見L文庫、600円)を読んで最初に浮かんだのは、そのような想像だった。

 母親はロシア人で、父親はJAXAこと宇宙航空研究開発機構に務めているユーリャという少女は、父親の影響があってロケットに興味があり、またロシアの血を引いているからかアメリカ合衆国のアポロ計画で使われたサターンではなく、旧ソ連から受け継がれているソユーズロケットで月に行くことを夢見てる。近所に住んでいてユーリャと知り合った僕は、そんな彼女にだんだんと感化されていく。

 あまり外に出たがらず、体も強くはないユーリャにとって僕は彼女の後をついて歩きながら言うことを聞き、情報を集めて伝えるスプートニク、つまりは衛星だった。そんなあだ名をけられた僕は、共に宇宙について語り合うような子供時代を送る。やがて小学校にあがっても、ユーリャは日本人としての名前ではなく、ユーリャ・アレクセーエヴナ・ガガーリナと名乗って人気者となりながらも、僕との交流を続けていく。

 それが高学年になるに連れて、お互いの意識にズレが生じ始める。僕は駆けっこで金メダルをとり、これが月だよと言ってユーリャにあげたかったけれど、彼女は僕が自分から離れていくと思ったみたいで文句を言い、そこから口げんかが始まって行き来が途絶えたまま小学校を卒業し、中学校へと上がる。そこでも口をきかなかった2人だけれど、高校に行く時に、ユーリャは父親について日本最大のロケット発射場がある種子島に行くことになった。

 アニメーション映画「秒速5センチメートル」では貴樹が移り住んだ島で、そこで彼はサーフィンをする澄田花苗という少女と知り合って関係を紡ぐ一方で、遠く離れて暮らす明里とは縁遠くなっていく。それでも忘れられなかったのか、種子島を振り切って戻った東京で再会することなく時間を過ごした果て、ひとりで沈み込んでいく。

 対して「ひとりぼっちのソユーズ」で僕はユーリャとメールを交わし始め、そして種子島へと出かけていってユーリャとの再会も果たす。積極的で前向きな展開へと向かったのは、2人の間にロケットであり宇宙開発といった共通の話題がずっとあったからなのだろう。冬景色の中で時間を共にしただけの貴樹と明里とは違って。

 もっともユーリャは体が弱く、自分が本当になりたかった宇宙飛行士になり、やりたかったロケットに乗って月へと向かうことはできそうにない。それどころか……。そんなユーリャに代わって僕は自分が宇宙飛行士になり、月へとユーリアを連れて行くと決意する。

 短距離には向いていない、長距離が合っていると高校で入った陸上部の綺麗な女性の先輩に誘われても曲げず、子供の頃に金メダルをとりたいと頑張った短距離にこだわりつづけたのも、ユーリャへの思いをずっと保つためのもの。宇宙飛行士に必要な体力なら長距離の方が良いのでは、といった考えはここでは無用らしい。

 とても一途なストーリー。迎えたひとつの結末、そして始まろうとしている物語はそ果たしてハッピーエンドと言えるか判断に迷うところではあるけれど、それなりの覚悟もあっただろう展開の中で、共に願う場所へとたどり着けたのなら、それは本望といったところなのかもしれない。

 タイトルには「ひとりぼっち」とあるけれど、ユーリャも僕も決してひとりぼっちではない。支え、支えられて目指した38万4400キロの彼方の地で、きっと巡り会うことだろう。そうあって欲しいしそうあるべきだ。山崎まさよしの「One more time,One more chance」を聞きながら離れていく展開にはならないし、なって欲しくない。そう思う。

 小説投稿サイトのカクヨムで連載されたストーリーから第1部を抜き出し、加筆し修正して刊行したということは、残る第2部と第3部にはまた違ったストーリーが描かれているということだろうか。それは僕とユーリアの話なのか、それとも別の誰かのストーリーなのか。読んでみたいけれど、こうして第1部が加筆されて本として出てきたなら、続きもきっと加筆され構成されて出てくるはず。そう信じて刊行を待とう。

 それでラストは桜散る踏切で「One more time,One more chance」が流れたりしたら……それもまた甘んじて受け入れるべき男の人生か。


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