スカートのなかのひみつ。

 強く生きたい、自分に正直に生きていきたい思っているなら、宮入裕昂の「スカートのなかのひみつ。」(電撃文庫、610円)を読むといい。やってみたいことがやれそうもないからといって引っ込めたりせず、やってみるんだと前に出してやっていこうとすること大切さと素晴らしさが感じられるから。

 天野翔という名前の、自分が通っている高校のセーラー服を着て女装した男子がまず登場。吹いた風でスカートがまくれあがったところを、クラスメートで巨漢というより果てしないデブと言った方がいい八坂幸喜真という男にパンツを見られ、女装だということも気付かれ声をかけられる。

 普通だったらそれで脅され、何か嫌なことをさせられるんじゃないかと心配するところだけれど、八坂はむしろ翔に理解を示し、自分自身を道化にするような真似をしでかし、翔がクラスでも女装して平気なような環境を作り出す。何というナイスガイ。そんな八坂と友達になった翔は、通りがかりに見かけた男子を女装が似合うと確信し、八坂とともに声をかけて女装させたらこれが翔にも負けず似合って可愛い美少女が出現した。

 そして八坂を仕掛け人として、翔とそしてメアリーという名で呼ぶことになったもうひとりの女装少年がペアを組み、日本一の女装アイドルを目指して階段を駆け上っていくという、ある種のアイドル青春ストーリーが幕を開けるかと思ったら違っていた。パートが変わって活発な丸井宴花という美少女が登場して、ジャージ姿の新井田牧乃という少女を引き連れ歩いていたところで風が吹き、宴花のスカートが風でまくれ上がる。

 そこを目撃したのが広瀬怜というセーラー服の子で、そんな出会いをきっかけにして広瀬怜は宴花らとの仲を深め、彼女が町で長く続く伝統行事のお姫さまとして踊ることが決まっていることを知る。このパートが、翔や八坂が女装アイドルを目指すパートに何かつながりがあるかというと、読み始めた段階ではまるでないから少し戸惑う。2つの違うストーリーが並行して進んで、どこかで重なり合うといった感じもない。

 翔と宴花のそれぞれのパートで目立つ2人、あるいは翔と怜というそれぞれのパートの語り手を“ダブルヒロイン”としたストーリーなのかというと、そうかもしれずそうともいえない感じがあるところが、この「スカートのなかのひみつ。」という小説の構成や語り口の独特さだといえるかもしれない。

 翔も実はあまり主人公といった感じがしない。巨体の八坂をプロデューサーにして、メアリーと呼ぶようになった少年と翔が女装アイドルを目指す展開で、主導権を取るのはもっぱら八坂。しばらく前に交通事故で脚を怪我したところを八坂が救助し、今は病院に入院している少女が、絶望に浸っているのを改めさせようとする材料として、翔は少女と日本一の女装アイドルになることを約束し、それを八坂に伝えたところ大歓喜して積極的に動き出す。

 入院しているヒロインにとってのヒーローとして八坂がいて、彼のために天野とメアリーが頑張る話だとも言える構造。もっとも、ヒーローと呼ぶには八坂は前面には出ないで脇役の裏方然としているし、少女は入院をしたままで大きくは絡んでこない。そして怜のパートでも、ある思いを貫こうとしている宴花という少女を怜が見ていく展開で、怜を語り手としながらも怜自身が何かを主体として何かを成し遂げるより、宴花という少女をサポートする立場にあり続けている。

 こうなると、誰を主人公だとは言いづらく、そして分断された2つのパートがいったいどこへと向かっているかもつかみづらい。そういう意味では、ストレートな展開の把握に戸惑うところもある「スカートのなかのひみつ。」という作品だけれど、女装が好きな自分を貫こうとする翔と、吃音で自分に自信になかった心身を女装で変えるメアリーと、誰かのためにサンタになりたいと願い、2人を女装アイドルにしたてて有名にしようと張り切る八坂がいて、伝統行事のために頑張る宴花と彼女を支えたいと願う怜らの全員が主役ともいえる。

 群像劇かというとそれほどの主体の入れ替わりはない。だからこれは総体劇として、登場人物たちがそれぞれに何かを目指しているドラマとして読むべきなのかもしれない。誰に心を添えて読めば良いかで戸惑うこともあるだろう。そんな時は、それぞれにちょっとずつ重なる青春の悩みや迷いを舐めつつ味わいつつ、全員がちょっとずつ自分なんだと思い読んでいけばいいのかもしれない。

 そんな物語から感じられるのは、たとえ秘密であっても隠さずポジティブにとらえようという事。翔は女装を広く知られることでいじめとか逃避といった立場に陥らず、むしろそれを武器に変えられた。メアリーも苦手だったコミュニケーションを女装によって克服した。怜は実は過去に関わりがあった宴花のジャンプしようとする気持ちを後押しできた。宴花は取り戻した自分を大きく伸ばすせた。

 そして八坂。気になった少女の回復に貢献し、そのまま旅に出ては新しい道を開くために準備をし、次のステップへと翔やメアリーを誘おうとしている。誰もが逃げず諦めないで進んだ結果、誰もが自分を確かめそれなりの成功を得た。悔やむな。迷うな。突っ走れ。それによって得られる成功は確かにあるのだと、読めば誰もが思わされるはずだ。

 それにしても、八坂という男の格好良さにはただただ感嘆。どうしてあそこまでポジティブな人間がいるのかに驚くし、猪突猛進の莫迦ではなくて、いろいろ考えそして突っ走っては貫いていく凄さにもたまげる。もしかしたら野生の勘とでもいうものがあるのだろうか。すべてが計算の上でのことなのだろうか。どちらにしてもスーパーマン。最後はその体型まで変えてしまうのだから素晴らしい。そんな八坂に引っ張り込まれ、振り回されるなの翔もメアリーも怜も宴花も牧乃も誰も彼も、別に主人公の立場に立たなくても平気と思うのではないのかもしれない。


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