深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説

 1932年、昭和7年生まれだから2018年で御年86にもなる人に、これほどまでにポップでミステリアスでアミューズメントな刺激に溢れた物語を創作されてしまうとは。なおかつ昭和7年生まれだからこその現代という、だんだんときな臭さを増す状況への痛烈なメッセージも喰らわされるミステリを書かれてしまうとは。後を受け継ぐべき若い世代は何をしているんだと言われそうだし思いもするけれど、それが辻真先なら仕方がない。

 テレビアニメーションの黎明期からシナリオ書きに明け暮れ、小説家としても冒険心にあふれたジュブナイルから日本推理作家協会賞という由緒正しいミステリの賞を獲得する作品を世に問うてきた御仁。なおかつ、今も最新のテレビアニメーションをしっかりチェックし、一家言をもって誉めて示唆してくれている現役クリエイターなら、どんなものを書いて来たって驚かない。

 そんな辻真先のポップでミステリアスでアミューズメントな刺激に溢れた冒険&推理に飛んだ小説が「深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説」(東京創元社、2200円)。銀座で似顔絵描きをしながら漫画家をめざしている一平が、名古屋で1934年、昭和12年に開かれていたという「名古屋汎太平洋平和博覧会」のスケッチを銀座にある帝国新報の社長に頼まれ、社長の愛人とも噂される婦人記者の降旗瑠璃子ともども特急燕で東海道線を下って名古屋へと入ると、ホームにチャップリンがいた。

 もちろん本人ではなく、宗像昌樹清という名の伯爵様が変装をして、満州から来た大富豪で旧知の崔桑炎を歓待していたというもの。なおかつ宗像伯爵は一平や降幡の訪問相手でもあって、帝国新報の社長から頼まれたものを渡してから2人は宗像伯爵の家に世話になり、博覧会の会場を見て回っていく展開の途中。一平がほのかに恋心を抱いていた燐寸ガールの宰田澪が銀座で監禁され、昏睡状態にさせられ、そこで満州から来た崔の妾におさまっていた姉、柳杏連の姿を見かけ、そして気がついたら銀座の路上でアドバルーンとともに降ってきた杏連の脚を見て仰天する。

 つまりはバラバラ殺人事件が起こった訳だけれど、杏連の体の方は見つからず犯人の目星もまるでつかない。そうこうするうちに銀座にあるどこか怪しげな料亭で良からぬものが食べさせられているといった噂も立って、猟奇事件の香りが漂い出す。遠く名古屋にいて、そうした事件にはまるで絡めなかった一平だけれど、匿われるようにして澪がが名古屋へと連れてこられたこともあり、良いところを見せようと推理をめぐらせた果てにひとつの結論へと達する。それは……。

 というのが「深夜の大博覧会 昭和12年の探偵創設」のメインストーリー。実に大がかりなトリックを持ち出して、事件を成立させようとしてしまうところに今なお想像力のカタマリのような辻真先という作家の凄みを見る。昭和12年のその時代、博覧会というどこか非日常じみた構築物があってもおかしくない状況、かつてハリウッドに留学した経験、満州にも渡って甘粕事件の張本人で後に満州映画協会のトップに収まった甘粕正彦との交流を持つ宗像伯爵のプロフィルが組み合わさり、起こったとも言える事件を解きほぐしていく展開が驚きと興奮に満ちている。

 そして、ストーリーの中に染みる反戦の気風が昭和7年に生まれ、5歳で名古屋の大空襲を体験して戦後の日本を見てきた人間ならではの感覚で、そこかしこにちりばめられている。満州を王道楽土と称え、五族協和が成し遂げられた土地と尊んでいる日本人の身勝手な風潮に、登場人物たちの思いを借りて異を唱え、戦争を賛美するような空気に釘を刺す。満州に開拓に行きたがっている青年に起こったある事態にも、戦争なんかで人が無駄死にすることを厭い、プロパガンダと同調圧力に乗って苦しんだ過去への警告が、物語を通して問われていると感じ取れる。

 魅力的な宗像伯爵が物語から退場してしまったのは寂しいけれど、ピカレスクとはそういうものだから仕方がない。今はまだ頼りない探偵役だけれど、後に那珂一平が探偵役として見せる活躍の土台になったのかもしれない。宗像伯爵が運転手として使っていた操という人物の“正体”には、ライトノベル的な設定があってキャラクター的に引きつけられる。もっと活躍を見て見たかったけれど、これはもう無理か。魅力的なのに。

 女性の強い執念があって、状況への憤りがあって、そうした思いを遂げるには命すら惜しまない女性たちの凄みに感嘆しつつ、僕たちが生まれる前の名古屋の様子を物語から噛みしめられる1冊。辻真先の御尊父で、後に衆議院議員になった辻寛一が栄で開いていたおでん屋「辻かん」が出ていたのはご愛敬。今の政治家たちに二世三世が多すぎる状況に、辻真先はどうして戦後の政界でそれなりの地位を築いた辻寛一の後を継がなかったのかが気になるけれど、脚本家になり作家になってくれたからこそ、こうして過去の思い出を知り、今への警句を聞けるのだと思うと辻真先の反骨も、これで大いに世界を動かしていると思いたい。

 継ぐのは僕らだ。


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