星界の紋章1 帝国の王女

 ある日突然、主人公がさる高貴なお方の落とし種だったことがわかって、庶民だったり極貧だったりの生活から、一転してハイソサエティーでエスタブリッシュメントでブルジョワジーな生活に放り込まれてしまうという話なら、これまでのたくさん書かれてきた。だが、主人公の父親が無理矢理強引に高貴なお方の仲間入りをして、そのために主人公も高貴な身分となり、ために様々な冒険へと巻き込まれる羽目になる話は、おそらくこれが始めてじゃないかと思う。

 それも、ただ貴族に取り立てられるというだけじゃなく、自分たちを征服に来たアーヴという宇宙種族に取り入って貴族になってしまうという奇抜な設定。ここで主人公が父親のしたことを恥じて反発し、レジスタンスなんかに走ってしまえば、昔見たアニメの「太陽の牙ダグラム」のような、父親を乗り越えて成長していく少年の物語になってしまう。乗り越えられなければ「エヴァンゲリオン」だ。

 ところが森岡浩之さんのスペースオペラ「星界の紋章1 帝国の王女」(ハヤカワ文庫JA、500円)の主人公、ジント・リンは、父親の所行を「いけないことだなあ」と客観的に批判する目を持ちながら、一方で「自分を征服したやつらのことをもっと知りたい」と、貴族の務めになっている征服者の学校に行ってしまのだから、何ともしたたかな少年だ。人類を救う使命だとかに振り回されずに、現代っ子気質というのか、自分の興味と好奇心だけでずんずんと突き進んでいくキャラクターが、読んでいて何とも心地いい。

 貴族の務めとして、軍の事務官になる勉強をはじめるために宇宙港へとやって来たジントを、帝国星界軍翔士修技生、つまりは見習い士官の少女が迎えにやってくる。絶世の美女美男子がそろったアーヴの1人だけに、その少女ラフィールも、青い髪と淡い小麦色の肌という、アーヴならではの美しさを持っていた。初対面のジントを「そなた」と呼ぶなど、口調がちょっとヘンな少女だったが、物怖じしないジントは、乗船する巡察艦へと向かう短艇のなかで、そんな少女ともすぐに仲良くなってしまう。

 だが、巡察艦へと到着し、そこの艦長から自分を迎えに来た少女の正体を聞いて、さしものジントも驚きあわてる。これからどう接したらいいんだろう、無礼な口を聞いちゃっただろうか。そんなことを思って悩むジントだが、突然そこに、彼らの乗った巡察艦を襲う、帝国とは別の勢力が登場してくる。ジントとラフィールだけが、かろうじて巡察艦を脱出。そして成り上がり貴族の少年と、帝国随一の家柄を誇る少女の、全宇宙をマタにかけた冒険の旅が始まるのであった・・・。

 第1巻を費やして語られる物語は、まだまだ導入部に過ぎず、これから続けざまにでる第2巻と第3巻で、全宇宙を巻き込んでの大乱戦が描かれることになる。いまはまだ帝国貴族の下っ端に過ぎないジントが、ラフィールとともにどんな冒険を繰り広げるのか、そのなかで成り上がり者という自分の負い目とどう折り合いを付け、負い目の原因となった父親とどう対峙していくのか興味がる。そしてラフィールとの結末も。初対面のジントを「そなた」と呼び、相槌をうつのに「であろ」と話す、高貴さ漂う(どこがだ)口調がキュートなラフィールと、被征服者から成り上がった下っ端貴族のジントとの、どこか凸凹したカップルの行く末に期待しつつ、5月に発売される第2巻、6月に発売される第3巻を、今や遅しと待ちかまえている今日このごろである。

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