S20/戦後トウキョウ退魔録

 起こる事柄のたいていが、手持ちの携帯電話やスマートフォンによって映像で記録されたり、目撃した人によるブログやSNSへの投稿で記載されたりするようになった2000年あたりから後の世界で、記憶も記録も残っていないのに、なぜかあったかもしれないことのように少なくない人が認識しているような不思議な事柄は、なかなか起こり得ないだろう。

 これが戦前のすべてが空襲で焼けてしまった頃だとか、戦中の情報統制が行われていた頃だとか、戦後間もないすべてがどさくさの中に埋もれてしまった頃に起こった事柄だったら、誰とはなしに見て経験して、記憶の中にうっすらと覚えていながら、明確な記録は残っていないような、そんなこともあるかもしれない。

 そして記憶は現実と架空の狭間で揺れ動きながら、だんだんと現実味を薄れさせていき、虚構の物語、あるいは口伝の中にその形骸を、もしくは神髄を留めて語り継がれる。怪異として。猟奇として。都市伝説として。

 「女騎士さん、ジャスコ行こうよ」が大評判の伊藤ヒロと、「絶対城先輩の妖怪学講座」が人気急上昇中の峰守ひろかずによる「S20/戦後トウキョウ退魔録」(ノベルゼロ、750円)はそんな、残らない記録の狭間に埋もれながらも漂い出た、怪異や猟奇や都市伝説の“真実”を暴いた物語、ということになるのかもしれない。

 戦後間もない東京は亀戸で紙芝居の絵を描く隻腕隻眼の美形と、物語を練る背中に刺青の巨漢のコンビがいた。元軍人でそれも特務的な仕事をしていたらしい襟之井刀次は隻腕に秘密があり、こちらも元軍人で南洋に出征した茶楽呆吉郎は、現地で得た不思議な体験が背中の刺青となって現れている。そんな特異なふたりが、ただ紙芝居を作って糊口を凌いでいるはずがない。紙芝居の仕事とは別に、戦後の日本で起こる奇妙な事件の話を仕入れ、解決もする退魔の仕事を請け負っていた。

 そして持ち込まれる奇妙な事件は、巨大な鋼鉄の人形が現れ暴れ回るものだったり、水晶のような特殊な材質で作られた髑髏の仮面を着けた怪人が跳梁跋扈するものだったり、河童のような小人が現れそれを狙って黒服姿の外国人たちが襲ってくるものだったり、双子の美少女が教祖となって歌声によって人々を常世へと導くものだったり。そんな事件の記憶が、見かけは幼いながらも長い時間を生きてきた魔姫という少女に消されても後、あれになり、それになり、これになる。あれを知り、それを知り、これも知る人には、読み終えて「そうだったのか!」といった驚きが浮かぶだろう。あるいはニヤリとした笑みが。

 脚本家の會川昇が原作者として構想し、水島精二監督によってテレビアニメーションとなった「コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜」は、戦前・戦中・戦後を生き延び実在のまま戦後を生き続けた怪人であり、英雄であり、化物といった“超人”たちが、高度経済成長の中で胡乱なものと化していき、または厄介な存在として排除されていこうとする中で、その存在を最後に輝かせようとしている足掻きといったものを描いた作品だと言える。

 対して「S20。/戦後トウキョウ退魔録」は、後にフィクションとして描かれた諸々の、戦後の混沌に実在して騒いだ記憶の源流を辿り、迫ろうとした作品ということになるのだろうか。読み進むにつれて、そうした作品のポイントに気付くと以後、あれがそうなってそれがこうなるなら、次はなにがどうなるかといった想像を楽しむような読み方もできるようになる。

 巨大な鋼鉄の巨人が後にそうなって当然と思えても、「申す裏谷」という言葉によって想像されるあれの源流が、まさか、大和朝廷によって天照大神から続く神道が正統とされる以前にあった、土着的な宗教から生まれひっそりと20世紀まで受け継がれて来たものだったとは。フィクションとして残された不思議な事件の“意外”過ぎる源流に触れ、作家的想像力の飛躍ぶりに感動できるだろう。

 「下山事件」というエピソードに出てくるセイさんという、新聞社の印刷工という男についても、出て来てすぐに彼かと気付くだろうけれど、そんな彼が刀次とともに経験した、猟奇とも空前とも言える事態を真正面から受け止めることができず、その明確な記憶を消して欲しいと頼む展開には、人はなかなか人智を超えた状況に対処するだけの心理を持たないのかもと思わされる。そんな人の心理が、魔姫が動かずとも本当に起こっていた異常で猟奇な事件を薄め、フィクションや伝説の中に押し込め、自分たちの安心を得ようとしたのかもしれない。そんな想像も浮かぶ。

 取り上げられたエピソードのどれもが濃密で面白く、読み始めればグイグイと引っ張り込まれる。パッと分かってサッと読める今の若者向け文庫の感覚で手に取ると、時間も結構とられそう。けれども間違いなく面白いエピソードばかり。この作品集も含めてノベルゼロ、物語というものを今の時代にじっくりと読みたい人にとって、福音をもたらすレーベルかもしれない。


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