タイムカプセル浪漫紀行

 死んでしまったら人は生き返らない。そして人はいつか必ず死んでしまう。

 この地球に人が登場してどらくらいの時間が経っていて、どれくらいの人が生まれて育って死んでいるかは分からないけれど、とてつもない数になるだろうそんな人のひとりだって、本当に死んでしまってから生き返って、今も生き続けているということはない。おそらくは。

 それでも、生きていて欲しい、生き返って欲しいと願うのが人の気持ちというもの。だそれゆえに過去も今も、おそらくは未来にも人は死んでしまった誰かが生き返る物語を紡ぐ。そこにあるのは死んでしまった人への愛情だろう。けれども一方には、今も生きている自分たちへの鼓舞もある。

 自分だっていつか死ぬ。それでも今はまだ生きている自分が、愛しい人を失い、この世界に絶望をして死んでしまいたいと揺らぐ気持ちを改めて、今を、そしてこれからを生きていなければと思えるようになるために、死んでしまった人がまた寄り添ってくれる物語を紡ぐのだ。

 松山剛による「タイムカプセル浪漫紀行」(メディアワークス文庫、590円)もそんな、死んでしまった少女と、今も生きている元少年との関係から今を生き、未来へと足を踏み出す力をもたらしてくれる物語だ。10歳だった8月17日、羽村英一は病院に明日香という名の少女を病院に見舞う。

 明日が3年前に約束した8月18日だと訴える明日香。何のことだか思い出せないまま、英一は病院を後にする。帰り際、また明日と窓から手を振ってくれる明日香に手を振り返して英一は家路につくが、夜、明日香は容態が急変して死んでしまう。8月18日を迎えることなしに。

 永遠の離別。哀しんだものの、やがて10年の時が流れて、英一は大学生になって父親と同じ考古学の道に進もうとする。そこに大きな衝撃が。数々の新発見を成し遂げて名をあげていた父親に、遺跡から発掘された埋蔵品を捏造していた疑惑がが持ち上がった。絶対に違うと訴え、疑惑を晴らそうとしたものの、その途中で父親は不審死を遂げ、今も捏造の張本人と疑われ、過去のあらゆる業績が否定されている。

 世間の厳しい目は英一にも向けられる。信じてはいたものの、それでも疑惑が晴らされない中で英一の父親のような考古学者になるという熱は冷め、大学にも居づらくなって中退を申し出ようとしていた矢先、英一の前にひとりの少女が現れた。それは10年前に死んだはずの明日香にそっくりで、そして自分を明日香だと良い、英一との記憶もすべて持っていた。

 信じられなくても、そこにいる明日香は間違いなく本物だった。彼女と出会ったことで英一は8月18日の約束を思いだす。それは、10歳になる3年前に、ふたりで埋めたタイムカプセルを掘り返すというもの。英一は明日香といっしょに故郷へと戻って、どこかにあるはずのタイムカプセルを探そうとする。

 死んだ人が生き返ってくる。その姿が見えて触れもして、なおかつ自分だけでなく家族にも英一の友人たちにも存在が認識されている。最初は家族のところに現れ、驚かれた明日香は英一の暮らす街までどうにかやって来たという。そして英一と戻った故郷で、英一も含めていっしょに遊んだ、今は20歳になった友だちとも会って、本当に明日香なのかと歌われ、過去にあったことを言い当て本当に生き返ったのかもしれないと思わせる。

 埴輪のような考古学の副葬品が、死後の世界での暮らしを思ってのことだといった伝承も絡めることで、英一が死んでしまった明日香のために贈ったレプリカの埴輪が呼び水となって、蘇って来たのかもしれないといった想像が浮かぶ。父親が被った謂われの無い罪のため、苦しい思いをしている英一のことを思い、いてもたってもいられず生き返って現れた。そんな優しい思いも感じられる。

 もっとも、現実の世界で死んでしまった人が生き返ることは絶対にない。あるとしたらそれは、生き返って欲しいと願う人の心が見せる幻だ。もしかしたら明日香は、英一だけが見ていた幻で、その思いに周囲も合わせてあたかいるように振る舞っていたのかもしれない。あるいは、存在しているといった反応も含めて、英一だけが見ていた幻だったのかもしれない。

 それでも、かつていた少女の残した思い、自分が過去に埋めた宝物が今を生きる英一を立ち直らせ、止まっていた気持ちを動かしたことは間違いない。ファンタジーだとしたら生き返った明日香による支えであり、リアルだとしたら迷っていた気持ちに過去が力を貸してくれたもの。どちらにしても、今を生きる人が、最善を選び直せた嬉しさを感じられる物語だ。

 本当のことはわからない。この現実にもまだ出会えていないだけで、本当に生き返って永遠に生き続けている人がいるのかもしれない。そうであっても、そうでなくても、今を生きる僕たちがすべきことは、今を捨てないこと。そして失わないこと。もしも今、苦しい気持ちでいるのなら、過去に埋めた宝物を思い出し、掘り出してそこから力をもらって前へと足を踏み出そう。


積ん読パラダイスへ戻る