R.O.D
READ OR DIE

 間もなく刊行の始まる「決定版 三島由紀夫全集 全42巻」(新潮社)は、そのバリューから言って今世紀最後にして最大の全集であり、かつ新世紀最初にして最大の全集になることが約束されたシリーズだろう。「稲垣足穂全集 全12巻」(筑摩書房)もまた無類のファンタジストであった作者の単行本未収録作品も含めた全集として、永久保存を希望したくなるのが筋だろう。

 ほかにも世界規模での20世紀最大の文学者、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「ボルヘス・コレクション 全7巻」も間もなく刊行と、幻想と耽美に惹かれる本好きにはたまらない季節がやって来る。だが、そこで問題となることが幾つかある。

 1つは当然ながら資金の問題。メジャーとは言え決して数が出るものではない全集だけに三島で1冊6000円、足穂で1冊5000円となかなかな価格が設定されている。ボルヘスは軽装だからか安いがそれでも1冊2500円。まとめて買ってほかに幾つか全集選集が重なれば、2万3万は軽く1カ月にとんでいく。

 そして今1つがスペースの問題。本好きなら誰もが共通に抱く「どこに置いたら良いんだ」という命題に、毎月数冊の重厚な全集選集の類は真正面に挑み、おそらくは敗れ去ることになる。積むか? それは無理だ。本棚は? そんなものを置く場所があれば本を積み上げる。どうしたら良い? どうしようもない!

 いやいや1つだけ手があった、本好きを商売にしてしまえば良いんだということで、「集英社スーパーダッシュ文庫」から出た作家にして売れっ子脚本家でもある倉田英之の「R.O.D」(集英社、495円)を読みながら、主人公の神保町に構えたオフィスの中に本をぎっしりと詰め込んで暮らす主人公の生活への、果てしない憧れを激しく抱く。

 見かけは高校生と言っても通用するくらいにあか抜けない服装と黒縁眼鏡をした主人公、読子・リードマンという、いかにも本を読みそうな名前の彼女には、無類の本好きでそれこそ匂いを嗅ぐだけで本の価値を確認できるくらいの本のエキスパートという「能力」があった。これに加えてさらに1点、普通の人では真似のできそうもないない特技(匂いで真贋を判断するのだって十分に真似できそうもない特技ではあるが)があったためか、本をため込み新しく買い込むだけの生活を送れる仕事に就いていた

 その読子・リードマンが、冒頭で颯爽と事件を解決した後で、何故かある高校に非常勤講師として赴任する。そこには、少女小説の世界で13歳から活躍して今やベストセラー常連の高校生作家、菫川ねねね(何という名前だ)が在籍していた。当然ながら読子は菫川の熱烈なファンで、赴任して授業も放ったらかして、ねねねが4台のワープロ同時打ちという必殺技を使って締め切りの修羅場に挑んでいる執図書館に押しかけてサインをねだり、果ては菫川が直面していた危険に対して完全と挑む。それは、ねねねを我が物にしようとする熱狂的なファンによる、毎夜のストーキングだった。

 本を読み始めたらどんな声でも聞こえなくなるという本好きの性格や、本の角が凶器になるとかいった描写の何とも本好きの真理を汲み取った部分がある一方で、サインを求めて来た読子に対してねねねが放った「私はアイドルでもタレントでもないわ。小説家よっ。私が書いた物語をあなたあ読んで感動する、そこまではいいでしょ。でもどうして、サインなんか欲しがる必要があるの? サインなんってただの名前じゃないの」といった、あからさまに身も蓋もなく真実を突いた言葉が、サインを求める気持ちのどうしてサインなんか欲しがるんだろうとゆー心理の奥底へと迫って、結構深く考えさせる。

 「作家と開く品は別モノなのっ。作品以外のものを求められても、迷惑なだけ!」と、果たして作家の人のすべてが考えているかどうかは分からないが、そう考える作家からそんな言葉を告げられた時にそれでもサインを欲しいを言えるとしたら、いったいどんな気持ちがそこにあるのかを考えてみる必要はありそうだ。

 読子の言うように「こんな素敵な話書く人って、どんな人だろうって思ったんです」「好きな人のことって、知りたくなるでしょ?」といったな気持ちが高じての、本人を手元に置いておけない代替としてのサインという意味はあるのかもしれないが、一方にはサインをもらったことでちょっとばかりは相手に近づけたかもしれないという下心もあったりするから難しい。売り払うための価値付というなら論外。やはり証が欲しい、ということなのだろうか。

 一方では、ねねねを切り口にして作家は誰のために物語を紡ぎ出すのかという、分かっていそうで人それぞれに違っていたり隠していたりする部分へと迫っている描写もあって、そんな作家が作り出した世界に対峙する読者として、果たしてどういった態度でのぞむべきなのかということも考えさせてくれる。読子が取る、好きなのに売れない作家の本を50冊、まとめ買いしてベストセラーリストへと躍り出させて待望のサイン会を開かせようとする猪突ぶりも、ふらり立ち寄った店じまい間近の寂れた書店の棚どころかすべてを丸買いしてしまう猛進ぶりも、オーバーながら本好きの気持ちの一面を突いたところがあって、痛いが楽しく嬉しい。

 本への愛情について今一度、考えさせてくれるという意味で、体裁以上に深みのある話だと言える。エンディング近くで明かされる、読子の本好き故にとったと思われる残酷な行為の真相が今ひとつ理解しづらい点もあるが、これはおいおい語られていくことになるだろう。本への果てしない愛と欲と信念に満ちた物語に、尽きせぬ賛辞を続編への期待も含めて贈ろう。


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