リベンジ・ゲーム
REVENGE GAME

 一卵性双生児ながら長じるに連れて性格能力に大きく差の出た兄と弟のうち、勉強ができ人望もあり女性からちやほやされていた上に、野球部のエースとしても大活躍していた弟が、不慮の事故で死んだその後をなぜか兄が引き継いで、エースとしてチームを甲子園へと導くという話があって、なるほどとてつもなく感動的ではあるけれど、そうそう世の中きれい事ばかりでいくものかといった思いも同時に浮かぶ。

 現実とはもっと厳しいもの、大変なもの、殺伐としたもの。ろくに練習もしていなかった兄がいきなり野球を始めて、それも弟に負けないくらいのエースとなって大活躍できた裏側には、何かとてつもない陰謀があったのではないか、といった暗い妄想にとらわれる。

 そんな妄想が、ある面で正しかったのかもしれないことを示したのが、谷川哀の「リベンジ・ゲーム」(角川書店、950円)という小説だ。同じ名門野球部に別々の中学から進んだ、中学時代のライバルピッチャー、手塚拓郎と大橋健太の2人が先輩たちによる妬み、たたきつけられる肉の洗礼をくぐり抜け、実力に見合ったマウンドへとたどり着く。その時に起こったのが、どちらが甲子園のセンバツでエースナンバー「1」を付けるのか、という争い。ここではいったん、大橋健太の方が勝利を手にすることになった。

 当然ながらわき上がる手塚の激しい嫉妬心。そして巻き起こった大橋の交通事故による死という事態。後を引き継ぐことになった手塚は、さすがに大橋に配慮してエースナンバー「1」を引き継がず、違う番号をつけてセンバツのマウンドを投げ抜いて行き、勝利を重ねていつしか「背番号のないエース」と呼ばれ讃えられるようになる。

 ところが手塚が「背番号のないエース」と呼ばれるに至る過程、つまりはライバルの大橋の死の裏側に、手塚の策謀が蠢いたことから物語は大きく、そしてどす黒い方向へとふくらんでいく。その時は感動の渦に身をおいて讃えられた手塚だったが、出身高校の野球部監督として舞い戻り、実力のあるエースを擁して甲子園へと進んだ彼に、謎の声が迫って過去の記憶を蘇らせる。

 まず大橋の死。そして野球部の先輩で手塚や大橋を目の敵にし、半ばレイプまがいに手塚たちにその男根をねじこんできた田村の失踪。死んだエースの代わりにマウンドに立って投げ抜くという美談の影に隠れて見えなくなっていた、手塚の周りに起こったさまざまな出来事の真実が、学生時代と監督時代、2つの時代を交互に視点を変えながら進んでいく物語の中で暴かれ、手塚を追いつめていく。

 強権的な父親によるこれもレイプまがいの同衾の強制。若かった義母との血のつながらない母子相姦。かつて大橋と親しい仲にあった野球部の女子マネージャーとの交合。インモラルな生活によってまかれた種が、大人となってもなお手塚をがんじがらめにして、泥沼の底へと引きずり込もうとする。

 かつて揶揄ウブのマネージャーだった手塚の元妻や、手塚が大橋を追って自転車で駆けていった場面を目撃した少年、「闖入者」として紹介される謎の人物による視点なども交えて繰り出されていくエピソードの断片、配置された登場人物たちの過去と現在が関連を持ち合い、より合わされながら描かれる暴力的で不道徳な物語のその先に、恐るべき結末が立ち現れてくる様に、小説としての巧みさと、シチュエーションとしての恐ろしさを感じさせられ、さまざまな意味で激しく驚嘆させられる。

 高校野球から連想されるさわやかさとはまるで無縁。そんな高校野球が舞台のマンガを原作に、「背番号のないエース」が主題歌となったアニメーションの明朗さとは正反対に、繰り広げられる物語は高校の部活動に渦巻く男たちの血と精液にまみれた関係だったり、ライバルどうしの文字通りに血で血を争った様だったり、甲子園へとチームを送り込んで優勝させて学校の名を高めることだけを願う学校経営者の浅ましさだったりと、描かれる物語は徹底して暗くそして醜い。しかしそれ故に人間の本性を暴き立てていて面白い。

 そんな物語を読み終えて改めて浮かんだのは、一卵性双生児の兄は弟が交通事故に遭った時にどこにいたのか、ろくに練習もしていなかった彼が「背番号のないエース」を代わりになるだけでなく実力までも引き継いだ裏には、悪魔的な陰謀があったのではないのか、といった疑問。「背番号のないエース」をバックに得たエースとしての栄冠と、そして美しい女性を思うにつけ、さわやかで感動的だったマンガでありアニメーションの、もしかしたらあったのかもしれない裏側に迫りたくなる。

 だから提案。「リベンジ・ゲーム」を読み終えた人は、震えた手で書棚にあるあのベストセラーコミックに、ラックに刺さった大ヒットアニメーションのビデオに、手をのばしてみてはいかがだろうか。毎週の連載を楽しみにマンガを貪り読んだ時、感涙に浸りながら映画を見た時には見えなかったものが、もしかしたらそこに立ち現れて来るかもしれない。


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