レイカ 警視庁刑事部捜査零課

 ハワイ沖で米軍の潜水艦に激突され、大勢が取り残されまま沈んだ日本の水産高校の練習船を引き上げるかどうかで、日米の間に温度差があったという話を聞いた。日本では練習船に残されている遺体を引き取り、荼毘に付したいという遺族が圧倒的だった。対して米国では、深い海に沈んだ船を引き上げるのには多額の費用が必要であり、また亡くなった人を悼むのならそのままでも可能だといった声があった。

 結果として米国は、日本人の感情と習慣を尊重して船を引き上げ、発見された遺体は親族によって弔われた。彼我のこうした意識の差が宗教によるものなのか、歴史によって培われたのかは分からないけれど、日本人が“死に顔”を見たい、その上で弔いたいという意識を持っていることが伺える一件だった。

 もしも遺体に首がなかったら、それでも人はその死を受け入れ、弔うことが出来るのか? 樹のえるによる「レイカ 警視庁刑事部捜査零課」(メディアワークス文庫、630円)という小説から浮かぶのは、そんなひとつの疑問だ。

 5人の女性が次々に殺されな、おかつその顔を持ち去られるという事件が起きた。被害者の中には捜査に当たっていた女性刑事もいて、上司だった管理官が悲嘆にくれていたところに6人目の犠牲者まで出て愕然とする。そこに現れた6人目の犠牲者の妹という少女が、姉の遺体に触れるとなぜかその顔が年上の姉と同じになってしまった。

 そんなプロローグから始まる物語は、所轄にいた宝福大和という名の巡査が、任官2年目でありながら、死体を察知する鋭い感覚があるということで本庁に呼ばれ、零課というところに配属されて本編の幕があく。行くと課長代理が盆栽をいじっていて、若そうに見えて結構歳が行っていそうな女性がソファで携帯ゲームで遊んでた。

 窓際どころか離れ小島のような部署。不安に思ったところに現れたのが、とてつもない美人のレイカという女性刑事で、宝福を連れてそのまま出かけると、さっそく宝福が川の底から顔が潰されている女性の遺体を発見してしまう。そしてレイカは、ライバルというより零課を完全に見下している捜査一課の迷惑顔など省みないで、捜査へと突き進んでいく。

 事件からは、アイドルになりたいという思いと、自分の顔立ちへの不安、そして母親への心情などが入り混じって浮かび上がる年頃の少女が抱く感情が、身に迫ってきて切なくなる。そんな感情につけこもうとした奴らの卑怯さに浮かぶ憤り。それを同様に感じたレイカが見せる、殺害された少女の顔を写して真犯人へと迫る異能が事件を解決へと導く。

 後に「首狩り事件」と呼ばれるようになった、女性が連続して殺され首を奪われた事件で、姉にすがり姉の顔を写した少女こそがレイカだった。彼女は姉の敵を討ちたいという決意から刑事になっていた。

 レイカにどうしてそういう力があるのかは分からない。どこか超常的でオカルティックでシリアスな刑事ドラマにそぐわないといった思いも浮かばないでもない。ただ、失われた姉の顔への底知れない執着が、レイカに超常的な能力を発させているのだとしたら、根底には遺体への強い関心を寄せる、日本人ならではの心理があるようにも見える。

 いまだ解決していない「首狩り事件」の背後にも、逆の意味で顔への執着があるのだとしたら、その対比としてレイカに不思議な能力が備わっているのかもしれない。未だ解決していない「首狩り事件」の真相に迫るような物語が描かれるだろう今後の展開で、レイカの異能の秘密に触れられる可能性に期待したい。

 本編はこの後、少年とその母親との間に浮かぶ虐待の可能性、そして虐待がもたらす歪んだ心が起こした事件を関係を描く2本目のエピソードを経て、3本目のエピソードへと向かう。そこでは、薬の売人だった若い男が2人、相次いで殺された事件が起こり、犯人として同じ零課に所属する陣内という刑事が疑われる。

 アリバイがあってひとまず解放されたものの、事件に関われなくなりそうな陣内の代わりにレイカが単独で動いて、誰が2人を殺したのか、彼らに恨みを持っている者がいるなら誰なのかを探し突き止めようとする。過去に起こった、陣内の娘がレイプ事件から少女を助けた一件のあと、行方不明となった事件も絡んでくる。

 そこでも働くレイカの異能。今度は犯人を追い込むのではなく、遺族を安心させる方へと向けられる。そういう使い方もあるのだとしたら、他にどんなパターンで使われる場合があるのかといった想像も浮かぶ。これも次巻以降の楽しみとなりそうだ。

 気になるのは、やはり「首狩り事件」に挑んでレイカの心残りが晴らされる時が来るのかということ。犯人は誰で、何のためにあれほどまでに大それた事件を引き起こしたのか。解決に当たってレイカの異能は使われるのか。宝福の能力もそこで発揮されるのか。続きが待ち遠しい。


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