プログレス・イヴ1
Ange Chronicle Side:BLACK

 トレーディングカードゲームが下敷きにはなっているけれど、「STEINS:GATE」のノベライズよりは物語的にオリジナル度が高いという印象を受ける海羽超史郎の小説「プログレス・イヴ1 Ange Chronicle Side:BLACK」(ファンタジア文庫、600円)は、主人公の護堂臣という少年のキャラクターがとにかく異色でユニークで引きつけられる。

 魔法のある黒の世界から、様々な世界が接続してしまった現象を経て現れた、青の世界と呼ばれる地球へと続く窓を抜け、女王の名代として派遣されていった妹を取り戻そうとして女王に楯突いて即座に潰され、そのまま放逐されるように地球へと追いやられたシン=ゴドーこと護堂臣。右も左も分からない世界とはいえ、首につけた宝石のような「辞書」がすべてを説明してくれるから、何とかやっていけそうな感じでいた。

 もっとも、あらゆる言葉を過剰に説明する傾向があるこの「辞書」は、遅刻だ何だと空をほうきで飛んでいく少女を見かけた途端、ボンクラ中学生がパンをくわえて角を曲がったところで少女とぶつかり、そこで少女のパンツがしっかり見えてしまってそして学校の教室で再会した少女から「このパンツのぞき魔!」と糾弾されるところまでが、一気に情報として再生されて臣を辟易とさせる。

 喜びはしないところが臣の実直な性格を表していそうだけれど、それにしても物事に動じなさすぎるというか、妹のことしか関心がなさそうで、地球にあってプログレスと呼ばれる異能の持ち主達が通う学校に転入させられ、通うようになっても昼の食事は家から持ってきた釜を使って米を炊き、校舎の外れで食べていたからやっぱりユニーク。なおかつそこに現れた、黒の世界から来た臣や妹の椎名とは違って、セレンという名の白の世界からやって来た機械の少女も、腕からコンセントを引っ張り圧力釜で米を炊いて食うといった具合に、これまたユニークな描写が絡み合って何とも不思議な雰囲気を醸し出す。

 どこかコメディチックな雰囲気。とはいえ本編では、接続されたさまざまな世界から異能の持ち主が集まった学園で、本格的な異能を持たない臣と、目覚めた異能に不安を抱いている長谷川菜摘という名の地球人の少女が組み、そこに妹の椎名や赤の世界から来たエウレカという名の少女とセレンが加わって、チームを作って「ブルーミングバトル」と呼ばれる異能バトルをこなしていくストーリーが繰り広げられる。

 その戦いの方法が言葉で読むと少し複雑で、何をどうすれば勝利条件にかなうのかを一読では理解するのが難しそう。そこはトレーディングカードゲームのルールがあって、実際にプレーしながら覚えていくのが良いのかも。そうでないのかもしれないけれど、いずれにしてもより深く物語世界を理解するためには、少し調べてみる必要がありそうだ。

 女王の代行に選ばれるくらいに強大な力を持った妹の椎名とは違って、体力バカではあっても異能はないと言われている護堂臣。それ故に、仲間たちと戦っている最中に、ただ運の良さだけで学園に入ってきた関係で、自分の異能が未だに信じられない地球人の少女から同じ境遇と思われ、チームに彼女が居場所を感じる緩衝剤になっていた。ところが、戦っている際中に護堂臣の肉体にいろいろと不思議が見えてくる。

 もしかしたら臣には何か力があるのかもしれない。彼を同じ境遇と信じていた地球人の少女は、そんな臣を裏切りだと感じることなく受け入れられるのか。続く巻では葛藤のドラマが繰り広げられそう。いったいどんな思惑があって臣の妹の椎名が女王代行としてこの世界へと送り込まれたのか。そして臣が後を追うように追い込まれたのはなぜなのか。戦っていった果てに何があるのか。そうしたあたりも同様に楽しめそうだ。

 それにしても護堂臣、女王に潰されても生きているとはいったいどれだけの体力バカなのか。それこそ最大の異能、なのかもしれない。同じ兄と妹では、佐島勤の「魔法科高校の劣等生」シリーズがあって、聡明で天才の妹に対して、それ以上の能力を秘めて明かさない兄が妹に優しく接し、妹も兄にぞっこんという関係が描かれる。それとはまったく違った異能をめぐる兄と妹の物語。朴念仁にしか見えない臣の中に密かに、そしてキラリと光る才能の正体を追っていこう。


積ん読パラダイスへ戻る